「かつては、銀行と呼ばれていた」
このフレーズを内外に発信し続けたのは、昨年11月に現役社長のまま他界した三井住友フィナンシャルグループの太田純前社長。そこには、「従来の銀行ビジネスという枠組みを壊していかないと、もう生き残っていけない」という危機意識が込められている。
人口が減少する中、銀行は従来の伝統的な預金・貸し出し業務による利ざやビジネスに寄りかかっていたのでは生き残れない。異業種から銀行業務への参入は続いており、銀行の専売特許であった「決済業務」はすでに開放されたに等しい。銀行は自ら変わらないと生き残れない時代だ。
その流れを象徴する新ビジネスが銀行による「物販」への進出だ。口火を切ったのは福岡県を地盤とする西日本シティ銀行。2022年6月から全国の銀行で初めて、営利事業としてオリジナルのキャラクターグッズの販売を開始した。愛らしい犬のキャラクター「ワンク」がデザインされた鉛筆、クリアファイル、メモ帳などの文房具や天然素材商品は、「いまも地域の方々のみならず観光客やWEB購入を通じ根強い人気を博している」(西日本シティ銀行幹部)という。
販売地域も地元福岡のみならず京都にも拡大し、「1月19日を〝1(ワン)9(ク)の日〟と定め、記念日登録した」(同)という力の入れようだ。昨年8月からは、菓子製造販売の東雲堂(福岡市)の博多伝統菓子「にわかせんぺい」にワンクをコラボした「ワンクにわかせんぺい」と、マルタイ(福岡市)の棒ラーメンの袋にワンクをデザインした「ワンク棒ラーメン」の販売も開始した。
銀行は銀行法や独占禁止法で本業以外の業務が制限されている。「他業禁止」と呼ばれる規制だ。銀行が不慣れな新規事業に進出し、銀行業務が傾くことになれば、預金者や融資先に迷惑が及ぶ。また、「巨大な資本を有する銀行が他業種に進出することで既存業界が淘汰(とうた)される懸念があった」(メガバンク幹部)。
銀行が物を直接販売することは、基本的に認められていない。この規制を突破するため、西日本シティ銀行は、グッズの製造販売は製造販売業者に任せ、銀行は使用許諾料を受け取り、全額地元の社会福祉団体などに寄付するスキームを作り上げることで実現にこぎ着けた。
「金融庁との交渉は数年にわたりましたが、イベントで使っていたワンクグッズの販売を求める顧客の声が多かったことや、地域経済への貢献・振興に寄与する点も評価され、金融サービスの認知度を向上させる銀行業務の一環として認可を受けました」(西日本シティ銀行幹部)
銀行の「他業禁止」そのものも徐々に規制が緩和されつつある。16年の銀行法改正により認められた「銀行業高度化等会社」の設立はその嚆矢(こうし)だ。会社を通じて地域の優れた産品をインターネット上で通信販売する「ECモール」の運営事業や、地域産品の販路を新たに開拓する「地域商社」事業などに進出する地域銀行が増えた。
21年の法改正では、「銀行業高度化等会社」の業務範囲が拡大され、認可手続きも緩和された。その結果、デジタル広告やヘルスケア、ソーシャルビジネス、再生可能エネルギーの電力供給など、多様な業務を展開する銀行子会社が増えている。銀行はまさに変化の途上にある。
(森岡英樹)