なぜ日本学術会議の名簿から6人が除外されたのか?
政権が個人を「弾圧」する。その隠された真意とは?
日本近現代史の泰斗が歴史学の手法で解き明かす。
私は、この国⺠世論のまっとうさに信を置きたい。
記録を大切にしない風土の根幹には政治の不在がある。右肩上がりの成長期、政府はパイを増やし続けることで分配の優先順位をつける決断を回避しえた。誤解してほしくないが、問題は決断にたけた政治家の不在ではなく、政治の不在にある。(本文より)
本書は、毎日新聞に月1回連載されたエッセーとコラムを中心に構成され、「国家と国民」「東日本大震災」「天皇と天皇制」「戦争の記憶」「世界と日本」を論じている。
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本書の文章が書かれたほぼ10年という時間軸は、その入り口と出口において尋常ならざる経済的な危機に刻印された時期となった。
2021年5月18日に内閣府が発表した2020年度のGDP(国内総生産)は、世界的に感染拡大が見られた新型コロナウイルスの影響もあって、実質伸び率でマイナス4・6%を記録し、比較可能な1995年度以降最大の下落となった。これは、リーマン・ショックに伴う世界的な金融システムの混乱に揺れた2008年度より悪いことを意味する。
2010年から現在に至るまでその時々の「今」を見つめる際、1930年代の日本の外交と軍事を専門とする著者が脳内で参照するインデックスは、必然的に1930年代の歴史ファイルとなる。この1930年代の危機とは、世界的規模における経済的危機であり、英米ソ日などが角逐する極東の軍事的危機でもあった。期せずして、最適の引証例になったのではないか。
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本書のタイトルは、司馬遼太郎氏が1986年から「文藝春秋」に連載したコラム「この国のかたち」(後に『この国のかたち』文藝春秋)を踏まえたものである。明治国家が日露戦後に変質していった理由を司馬氏は、統帥権独立の法解釈の暴走が鍵とみた。その際の「国のかたち」とは、国柄、国の成り立ち、政治文化を意味する。著者には、司馬氏のこのコラムに触発され、批判的に論じた論考「統帥権再考」(『戦争の論理日露戦争から太平洋戦争まで』勁草書房)もある。
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危機の時代には、国家と国民の関係を国民の側から問い返し、見つめ直すことが必須である。そのためのハンドブックとして、本書を使い倒していただきたい。
目次
答えは歴史の中にある。
第1章 国家に問う 今こそ歴史を見直すべき
第2章 震災の教訓 東日本大震災10年を経て
第3章 「公共の守護者」としての天皇像 天皇制に何を求めるか
第4章 戦争の記憶 歴史は戦争をどう捉えたか
第5章 世界の中の日本 外交の歴史をたどる
第6章 歴史の本棚
著者について
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。
1989年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。
2010年、『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)で小林秀雄賞受賞。『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(朝日出版社)で紀伊國屋じんぶん大賞2017受賞。
著書に『戦争の日本近現代史』(講談社現代新書)、『戦争の論理 日露戦争から太平洋戦争まで』(勁草書房)、『満州事変から日中戦争へ』(岩波新書)、『昭和天皇と戦争の世紀』(講談社学術文庫)、『天皇はいかに受け継がれたか』(績文堂出版)、『天皇と軍隊の近代史』(勁草書房)、『この国のかたちを見つめ直す』(小社)などがある。