なぜ、世界中から非難されても彼らは攻撃・報復を止めないのか。 国家の存亡をかけた「悪との戦い」
建国以来、周辺地域との戦闘を繰り返してきた国家の論理がわかれば、イスラエル・パレスチナ紛争の本質も見えてくる。
新聞協会賞2年連続受賞&ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
ワシントン特派員、エルサレム支局長などを歴任。
特派員、研究者、ボランティアとして現地に6年半暮らした特異な経験をもとに、
歴史的経緯から紡ぎ出されるイスラエルの「光」と「闇」の世界を徹底解説。
筆者は2013年3月、エルサレム特派員としてイスラエル、パレスチナ地域に赴任し、2019年9月までの6年半にわたり現地で暮らした。そのころから、筆者の心にはある疑問が深く根を張りはじめていた。2023年10月7日、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルを急襲し、イスラエルによるガザへの報復攻撃が長期化するにつれ、その疑問はかつてないほど存在感を増した。
「イスラエルのユダヤ人は、隣人であるパレスチナ市民が苦境にあえいでいるというのに、なぜあれほど無頓着でいられるのか」
「彼らはいったい、どのような世界観の中に生きているのか」
強い疑問が筆者に芽生えたのは、2014年夏の取材がきっかけだった。約50日間にわたり続いたイスラエルとハマスの戦闘。そのうちの25日間、筆者はガザ側から惨状を伝えた。イスラエル軍による無数の1トン爆弾の投下、崩れ落ちた建物の隙間に取り残されるガザ市民と子供たち。目の前に広がる光景は、まさに地獄絵図であった。2009年にアフガニスタンで、米軍と現地の支配勢力タリバンの戦闘を取材した経験のある筆者にとっても、これほど過酷な惨状を目にしたことはなかった。
「イスラエルのユダヤ人は所詮、そういう人たちだから」。そんな風に切り捨てる声も耳にした。だが、事態はそれほど単純ではないと感じた。人間も社会も多面体であり、「闇」だけでなく「光」も存在する。完全な善もなければ、絶対の悪もない。そう信じる筆者は、イスラエル人の内面世界――その〈世界観の森〉に分け入ってみたいとの衝動に突き動かされ、この本を書くに至った。
本書は、紛争や政治心理学の専門家らへの取材、現地の人々との対話を通じて、紛争地に暮らす人々に共通する認識や世界観、そしてイスラエルのユダヤ人に特徴的と思われる思考を明らかにしようとする試みである。戦後80年を迎えた日本にとっても、他者の世界観に触れることは、自らの思考と社会のありようを見つめ直す契機となるはずだ。日々のニュースだけでは見えてこないイスラエル・パレスチナ紛争の本質に踏み込み、私たち一人ひとりがどう関わるべきかを問いかける一冊。
【著者紹介】
大治朋子(おおじ・ともこ)
毎日新聞編集委員。1989年に入社し、阪神、横浜など各支局、サンデー毎日、社会部、外信部を経て現職。社会部時代の防衛庁(当時)による個人情報不正使用に関する調査報道で2002、2003年度の新聞協会賞を2年連続受賞。ワシントン特派員時代の米国による「対テロ戦争」の暗部をえぐる調査報道で2010年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所元客員研究員。テルアビブ大学大学院(危機・トラウマ学)などを修了。単著に『勝てないアメリカ─「対テロ戦争」の日常』(岩波新書)、『アメリカ・メディア・ウォーズ ジャーナリズムの現在地』(講談社現代新書)、『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』(以上、毎日新聞出版)など。専修大学文学部ジャーナリズム学科などで客員教授を務める。
目次
第1章 ハマスの攻撃で壊れたイスラエル
「安全神話」が壊れた日
ハマスを過小評価していた
ガザの友人の手を借りて
市民を何人殺せるかの計算式
人質がいても戦闘を続ける理由
国民を視野狭窄に陥れるメディア
イスラエル版「FOXニュース」の躍進
夜中に目覚めてドアの施錠を確認
約3人に1人がPTSDやうつの症状
暴力的になる子供たち
深刻な兵員不足
自殺するイスラエル軍兵士
軍事コストの増大とハイテク頼み
長引く戦闘で1年間に約8万人が海外移住
トランプ氏とネタニヤフ氏の間に「すきま風」
第2章 ユダヤの歴史
「選ばれた民」への「約束の地」
反ユダヤ主義という犬笛
弱者にこそ神は宿る
離散の始まり
試練とメシアと終末観
キリスト教徒によるユダヤ人憎悪
イスラムと十字軍による支配
シオニズムの高まりと英国の三枚舌
自治とテロに燃えたシオニスト
ホロコーストと建国と新たな離散
トルーマンが建国を後押ししたわけ
在米イスラエル・ロビー誕生の舞台裏
パレスチナの抵抗運動とハマスの誕生
「待つ」から「つかむ」へ
シオニズムの過激化
民族主義と民主主義を掲げる自己矛盾
第3章 「光」のイスラエル
●宗教に彩られた一年
お正月のような安息日
家庭でも子供と政治討論
二つの暦で動く社会
国全体で「ホロコースト」を悼む日
スケープゴート(生けにえ)の日
「祭り」で奴隷時代を思い起こす
光の祭り「ハヌカ」
●ユダヤ教は「ゆりかごから墓場まで」
人生は宗教儀式から始まる
教育現場での宗教教育
英才教育は小学3年から
中学3年から大学で学ぶ生徒も
軍事技術開発のためのスーパーエリートコース
教育・軍・産業の循環システム
銃と聖書の宣誓式に日本人兵士の姿
ユダヤ人とパレスチナ人が共に学ぶ大学も
結婚と葬儀
第4章 「闇」のイスラエル
「石を投げた」4歳児を拘束
18歳未満の子供を無期限に拘束
遊んでいた15歳の少年を射殺
家屋の爆破という集団懲罰
「裏切り者」を「処刑」するハマスのヒットマン
大英帝国のノウハウがお手本
沈黙を破る(ブレイキング・ザ・サイレンス)
兵士は心を守るために感情を封じる
パレスチナ人の自宅を制圧する「訓練」
「法のつぎはぎ」でごまかす
奇跡的勝利からの入植地拡大
① 萌芽期(1967年〜1977年)
それは「神」の奇跡
② 増殖期(1977年〜2000年)
ラビン首相暗殺でより活発化
③ 蔓延期(2000年〜2022年12月)
過激化する入植活動
占領地を見張る「丘の上の若者たち」
イスラエル版KKK(クー・クラックス・クラン)
④ 大転換期(2022年12月〜現在)
極右政権が促す人種隔離
モサド元長官が語ったハマス幹部「暗殺未遂」
第5章 変貌するイスラエルの世界観
アイスとアイス
「関心領域」に閉じこもる
二つの力に引き裂かれる
心地良い繭の中で
2000年に起きた意識変革
ハマスによる奇襲を「正当化」
紛争における物語対決
和平に欠かせない草の根の動き
自衛権を拡大的に解釈
「実戦で実証済み」の兵器輸出が急伸
キリスト教福音派からの援護射撃
国際刑事裁判所と国際司法裁判所の追及
日本は「2国家解決」を支持
国際法には復元力がある
第6章 紛争解決に向けた草の根の取り組み
双方が支え合う遺族の会
「被害者意識の牢獄」からの脱却
「人間の物語」をつむぐ
平和の架け橋プロジェクト
憎しみをたきつける放火魔ではなく消防士に