サンデー毎日

対談
艶もたけなわ
2018年11月18日号
東儀秀樹 雅楽師
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阿木燿子の艶もたけなわ/227

"雅楽界の貴公子"と呼ばれている東儀秀樹さんは、さまざまなジャンルの音楽と伝統楽器の篳篥(ひちりき)を組み合わせるなど、邦楽の可能性を創造しています。そんな東儀さんの宮内庁楽部時代の秘話をはじめ、持って生まれた"相対音感"の話、さらに、同世代で組んでいるユニットの話など音楽ざんまいで盛り上がった1時間となりました。お楽しみください。

◇東京オリンピックでは、ぜひ雅楽の入った「君が代」を演奏して頂きたい。

◇宮内庁楽部では年中、"東儀秀樹問題"が取り沙汰されていたとか?(笑)。

◇今まで僕のことが俎上に載っていたんだろうな、という空気が流れていたんです。

阿木 東儀さんの新譜「ヒチリキ・シネマ(注1)」、聴かせて頂きました。音楽活動20年のキャリアにして、映画音楽を集めたアルバムは初めてなんですね。私達の耳に馴染(なじ)んだ名曲ばかり。それを雅楽の中心的な管楽器、篳篥(注2)で演奏すると、こうなるのかと、新鮮な驚きがありました。

東儀 今回はテーマ有りきのアルバムですが、とくに狙って西と東を合わせようとか、新旧を組み合わせようとか思ったわけではなく、僕自身が好きな曲を集めて、ひらめくままにアレンジした感じです。

阿木 とくに「ミッション・インポッシブル」のダイナミックなイントロを、三味線で表現なさっていたのには、意表を突かれました。

東儀 あれは編曲をしている途中で、思い付いたんです。外国人が聴いた時、より日本的な音色の方がいいだろうと考えて、それだったら三味線だなと。ただ僕、三味線を弾いたことがなくて、家にあったのを引っ張り出して弾いてみたら、あんな感じになったんです。

阿木 全曲、アレンジは東儀さん。それに、ほとんどの曲をお一人で演奏なさっていらっしゃるんですよね。ベース、ドラム、ピアノ、もちろん篳篥と大活躍で、かなり時間がかかったのでは?

東儀 僕、基本的に仕事が早いんです。あのアルバムを作るのに、1カ月はかかっていないと思います。アレンジのアイデアが浮かんだ段階で、頭の中に複数の楽器が同時に鳴り出すんです。だから、それを音にするだけでいいので。

阿木 映画館で「スパイ大作戦」を観ていたとして、クライマックスのスリリングなシーンで、三味線の音が聞こえてきたらなんて、想像しただけで楽しくなりました(笑)。アルバムの最後に収録されている「スマイル」も素敵(すてき)ですね。もともと私の大好きな曲で、歌詞が頭に入っているせいか、歌声が聞こえてきそうでした。

東儀 そう言って頂くと、とても嬉(うれ)しいです。僕は篳篥を使って、歌っているつもりなので。

阿木 本当に、奏者によって楽器って歌うんですね。今回、資料を拝見して初めて知ったんですけど、雅楽の音階は、西洋のドレミと同じだとは!

東儀 よく勉強してくださって(笑)。普通、日本の音階というと和声5音音階でファとシが抜けるんです。雅楽は日本音階よりずっと歴史が古いんですが、基本になるのはドレミなんです。

阿木 偶然の一致ですか?

東儀 これ、僕の持論なんですが、基本的に東洋人も西洋人も体の構造は変わらないし、脳の中身も変わりませんよね。結局、人が音を操作して、豊かに声や楽器で表現するとなったら、ドレミの音階に行き着くのではと思うんです。音は感覚から生まれるので、このハーモニー、気持ちがいいなと探ってゆくと、結局ドレミになる。

阿木 それにしても、篳篥の音域は決して広くない。1オクターブ、プラス1音ということで、洋楽を演奏する時には、音が足りなくなるのでは?

東儀 本当に、よく勉強してくださって(笑)。

阿木 ありがとうございます(笑)。いえ、私達が曲を作るに際して、歌い手さんの音域って結構大事で、例えばアイドルの楽曲の依頼を受けても、音域が1オクターブしかないなんて場合があって、それで思うようなメロディーが作れないと主人が嘆いているのを身近に見ているものですから。通常の篳篥よりも一回り大きい大篳篥ですか? あれだともう少し音域が広がる?

東儀 いえ、1オクターブと1音は変わらないんです。ただ全体的にキーが4度下がるんです。

阿木 ということは大・小を使い分ければ、レパートリーが広がるということですね。

東儀 5音くらい増えますからね。

阿木 大篳篥は現存しない楽器だったとか?

東儀 平安中期くらいまではあったらしいんですけど、途絶えてしまって、どこにも現物が残っていなかったんです。ただ古文書にサイズとか音域が書かれていたので、再現することができたんです。

阿木 それって凄(すご)いことですよね。今はもう無い楽器を、生き返らせたなんて。

東儀 雅楽の世界でも、正倉院にあった楽器を復刻させたりしてるんですけど、大篳篥も復刻はされていたんです。ただ、古典を演奏するため用で、これをポップスに使ったケースは無いはずです。

阿木 大篳篥でこんなふうに映画音楽を聞かせようなんて、東儀さん以外、誰も思い付かない(笑)。

東儀 既存の曲を編曲して、篳篥で演奏したいのに、音域が足りないからと諦めなくてはいけないことが多々あったんです。で、ある日、そうだ、大篳篥があるじゃないかと......。

阿木 ひらめかれた?

東儀 本当にそう、ひらめきましたね! 今までは演奏したくても音域の問題で諦めていた曲がたくさんあったのですが、それが随分解消されます。今は録音でも、大篳篥が活躍してくれています。

阿木 これ、雅楽の世界では革命的なことですよね。同業者から、よくやってくれた、みたいな評価は無いんですか?

東儀 まったく無いですね(笑)。思っている人は居るかもしれませんが、誰も何も言ってくれない。

阿木 ちゃんと言ってほしいですよね(笑)。篳篥の可能性を広げたわけですから(笑)。私も恥ずかしながらそうでしたが、日本人って、雅楽というだけで食わず嫌いの人が多い気がするんです。実際に聴いてみると、優雅な音色が耳に心地よいのに。東儀さんのさまざまな活動が、雅楽をより身近なものにしたと思うんですが。

東儀 そう言って頂くのは嬉しいし、僕の誇りでもあるんですが、また半面、責任の重さみたいなものも感じます。篳篥は難しい楽器なので、レベルに達していない奏者も少なくない。もともと人材不足なので、かなりひどい演奏でも罷(まか)り通ってしまうんです。

阿木 "なんちゃって篳篥奏者"が居るってことですか(笑)。

東儀 そこまでは言いませんが、ちょっと齧(かじ)ったくらいで先生になるケースとかね。神社、仏閣、皇室とか聞くと、日本人は無条件にありがたいものだと思うので、技術的に未熟でも許されてしまう。

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