対談詳細

艶もたけなわ
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野村克也 元プロ野球選手・監督

2019年6月16日号

阿木燿子の艶もたけなわ/255 

 「ノムさん」の愛称で親しまれるプロ野球解説者・野村克也さん。妻の野村沙知代さんが急逝したのが、2017年。指折りの愛妻家としても知られる野村さんですが、沙知代さんの死を知った瞬間「涙は出なかった」といいます。半世紀を寄り添ったパートナーへの思いを打ち明けてくださいました。日本野球界への「ぼやき」も必読!

 ◇野球は頭のスポーツ。脳内ではいつも完全試合をしているんです。  

 ◇沙知代さんは、ご主人の野村さんにも、経歴を詐称なさっていたわけですよね?  

 ◇全部、信じてました。田舎者ですから、人間が嘘をつくことのほうが信じられ 

  ない。

阿木 今日のお洋服のコーディネート、素敵(すてき)ですね。結婚指輪もデザインがお洒落(しゃれ)。

野村 これはサッチーさんのアイデアなんです。

阿木 野村家と伊東(沙知代さんの旧姓)家の両家の家紋が入ってるんですよね。なかなかのアイデアウーマンでいらっしゃる。

野村 そうでしょう? 野村家の家紋が上で、サッチーさんのは伊東家の家紋が上になってます。

阿木 野村さんが今年の春にお出しになった『ありがとうを言えなくて』を拝読いたしました。1年半前に亡くなられた奥様の野村沙知代さんとの思い出を綴(つづ)っていらっしゃいますが、とても文学的で心に染みる文章でした。

野村 出版社が何でこんな本を頼んできたのか分からんけど。

阿木 100組いれば100の夫婦像があると思いますが、昨今は奥様を先に亡くされるご主人も少なくない。ご本はそういう方々の励みになるのではないでしょうか。

野村 ウチはもう、典型的なカカア天下でしたけどね。

阿木 私、読み進めていくうちに、アレって。一見そうみえて、実は沙知代さんは野村さんの掌(てのひら)の上だったんじゃないかなと思いました。

野村 まあ、そういう部分もあったかもしれません。

阿木 このご本の中で、「沙知代は自分を上手(うま)く使いこなした」と書かれていましたが、逆に野村さんが、沙知代さんのことを深く理解して、大きな懐の中で泳がせてあげていたんじゃないかと。

野村 ウチの奥さん、我が強く、押しも強い人だから、彼女に任せておいたほうが夫婦円満だろうと思って。ということは僕が下手に口出しをせずに、我慢をすればいい。我慢我慢の日々でしたよ(笑)。

阿木 野村さんがそうやって、1歩も2歩も引かれていたのは、やはり愛情ですか?

野村 子供の頃からの育ちじゃないですか。僕は半端じゃない貧困家庭に育ちましたからね。ほとんど父親を知らないんです。父親は2歳の時に戦争に行って、戦死しているもので。

阿木 ご著書の中で興味深かったのは、よく男性は恋人や妻に母親を重ねると言いますよね。でも、野村さんは、沙知代さんにお母様だけじゃなく、お父様像をも重ねていらっしゃったって。戦時中、夫を兵隊さんとして取られた家庭では、母親が父親の代わりもしなくちゃいけなかったわけですよね。

野村 僕の母親は明治生まれでしたが、本当に我慢強く、芯の強い女性でした。この我慢強い遺伝子を、僕は受け継いだ気がしますね。

阿木 野村さんが、沙知代さんに堪忍袋の緒が切れたことは?

野村 ないですね。

阿木 例えば沙知代さんは、ご主人の野村さんにも、経歴を詐称なさっていたわけですよね?

野村 僕は騙(だま)されるほうが悪いと思っていますから。

阿木 ご著書の中には、「そんな嘘(うそ)までついて、私の気を引こうとしたのかと思えば、その心根がいじらしく思えた」というようなことが書かれていますけど(笑)。

野村 サッチーさんが最後まで口にしなかったことがありました。彼女、一度外国人と結婚してるんです。子供達は当然、外国人っぽい顔をしている。どういうことか聞いたら「孤児院を訪ねたら、あまりに可愛いから貰(もら)ってきた」と。

阿木 それも信じていらっしゃった?

野村 全部、信じていましたね。僕は典型的な田舎者ですから、人間が嘘をつくということのほうが信じられない。

阿木 私、夫婦っていろいろな形があっていいと思うんです。我が家の場合もそうで、私は主人にとっては悪くない妻だと思うんですが、これが普通のサラリーマンの奥さんになっていたら、最悪かもしれない。だから、たった一人にとって、ベストパートナーならいいんじゃないかと。

野村 旦那さんは何をしている方ですか?

阿木 宇崎竜童と申しまして、作曲家です。私が作詞家なので、仕事的には補完関係にあります。

野村 作詞家と作曲家? 最高じゃないですか。ピッチャーとキャッチャーみたいで(笑)。

阿木 野村家の場合は?

野村 ウチはサッチーさんがピッチャー、僕は家でもキャッチャーでしたよ。でも、それで良かったのかなと。先ほどお話ししたように、僕は典型的な母子家庭で育ったので、女性の強さを見てきましたし。それに比べると、しみじみ男は弱いなと今、感じてます。

阿木 ご著書の出だしが「涙は出なかった」という一文から始まってましたよね。奥様を亡くされて、いまだに泣いていらっしゃらない?

野村 そうですね。ただ日を追うごとに女房のありがたさと、一人の淋(さび)しさみたいなものは感じてます。

阿木 野村さんの人生において、沙知代さんはラッキーガール?

野村 そうですね。母親とよく似ているんですよ。写真を並べると、鼻ぺチャなところなんか、本当にそっくりで。

阿木 そういう意味でも沙知代さんは、野村さんのホームグラウンドなんですね。何事も任せておけば、沙知代さんがやってくださる。

野村 僕は野球以外のことは、何もできませんから。

阿木 でも、そうおっしゃりながら、ご本の中では、「来世また一緒になりたいか、と聞かれたら、勘弁してほしい」的なことを(笑)。

野村 まぁ、本来の僕の理想とはかけ離れた女性でしたから。さっき話に出たように、ずいぶん嘘もつかれましたし。テレビ局が調べたら、コロンビア大学卒業なんていうのも嘘だった。

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