対談詳細

艶もたけなわ
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木村泰司 西洋美術史家

2018年10月21日号

阿木燿子の艶もたけなわ/223 

 芸術の秋、到来―。各地で名画の展覧会が目白押し。そこで、『人騒がせな名画たち』(マガジンハウス)を上梓(じょうし)したばかりの西洋美術史家、木村泰司さんにご登場願いました。目から鱗(うろこ)の名画解説に阿木さんはびっくり仰天の連続。西洋美術は観るものではなく「読むもの」だと語る木村さんの面白解説で、名画鑑賞は100倍楽しくなります!

◇西洋美術は総合的なもの。バックグラウンドを知ることで、より理解が深まります。  

◇絵は観るものではなく、読むもの。まるでミステリーの謎解きみたい。  

◇もともと西洋絵画は、感覚に訴えるものではなく、メッセージの伝達手段なんです。

阿木 あのー、唐突にこんなことを申し上げて何ですが、私、昨日、歌舞伎を観に行ったんです。で、木村さんが何かの雑誌に、歌舞伎を鑑賞する際は、イヤホンガイドを借りた方が良い、とお書きになってたのを目にして、借りてみましたが、やはり違いますね。

木村 そうでしょう? 演目に対する理解が深まるでしょう?

阿木 本当に。昨日の出し物は、「東海道中膝栗毛」だったんですが、登場人物が多い上に、一人何役も演じるので、あれっ、これ誰だっけと。でもお陰で、イヤホンガイドにずいぶん助けられました。役者さんの名前や、時代背景、あらすじなどをその都度、説明してくれるので。ガイドの有無で舞台の楽しみ方がかなり違いますね。木村さんがこの秋に上梓された『人騒がせな名画たち』は、西洋絵画を鑑賞する際にイヤホンガイド的な役割を果たしてくれる感じがしますが。

木村 そう言って頂くと、嬉(うれ)しいです。僕はまさにそのつもりで、この本を書きましたので。日本人は絵画を観る時、感覚に頼りすぎるきらいがあって、それだと絵の深い意味を見損なうんです。もともと日本の絵画は花鳥風月などをモチーフにした、ふすまや屏風(びょうぶ)などの工芸品からスタートしているので、どうしても感性が主体になってしまう。その一方、西洋絵画は宗教画とともに発展してきた歴史があり、メッセージを伝える手段だったんです。

阿木 単なる絵ではなく、そこにはキリスト教の教義を広げる意図があったということですよね。

木村 その通りです。それもカトリックとプロテスタントでは、絵の意味するところがまったく異なる。ヨーロッパのカトリックの国では、一般庶民は聖書を読んではいけなかったんです。読めるのは聖職者だけに限られていて。もっとも文字を知らない人が多かったので、読みたくても読めなかったわけですが。例えば、カトリックは奇跡を肯定しますから、それを伝える手段として、絵画を利用したんです。

阿木 絵自体が、聖書の代わりだった?

木村 そうとも言えますね。先週、上野の森美術館でフェルメール展が始まり、来週からは国立西洋美術館でルーベンス展が開かれますが、カトリックとプロテスタントの違いを知っていると、絵の解釈が変わってくると思います。共にバロック期を代表する画家ですが、フェルメールはプロテスタント文化圏のオランダの画家であり、ルーベンスはカトリックの画家。二人はとても対照的で、ルーベンスは宗教画や神話画などを得意とし、彼の支持者は王侯貴族が多かった。

阿木 それに比べてフェルメール、ですよね(笑)。彼の作品は「牛乳を注(つ)ぐ女」とか「真珠の耳飾りの少女」とか、私達にも身近なテーマの作品が印象に残ってますよね。

木村 彼のは当時のオランダの市民階級の暮らしぶりが分かる作品が多いので、その辺も親しみやすい由縁(ゆえん)でしょうか。

阿木 『人騒がせな名画たち』の冒頭から取り上げていらっしゃるのもフェルメール。「恋文」と名付けられたこの作品も、私達に馴染(なじ)みの深い作品ですが、木村さんの"イヤホンガイド"によると、大変な謎が隠されている(笑)。まずは構図ですが、登場人物が二人。一人はその家の女主人と、その後ろに家政婦と思(おぼ)しき女性が立っている。床には靴が脱ぎ捨てられて、女主人は楽器を抱えている。これを木村さんに読み解いて頂くと......。

木村 床に転がっている靴は、彼女が性的に奔放であることを表し、手にしている楽器は、女性の生殖器を象徴しているんです。

阿木 この構図から、この女主人は貞操観念が希薄なことが見て取れる?

木村 当時の風俗画に描かれた情景はシンボリズムで、細部に至るまで、それぞれに意味があるんです。例えば二人の後ろに海の絵が掛かっていますが、海は揺れる女心を表しているんです。

阿木 ということは、この女主人は夫以外の男性に心をときめかせている?

木村 多分、主人は海外赴任中なんでしょうね。当時のオランダは東インド会社の隆盛で、海外に出てゆく男達が多かったんです。

阿木 そうか、夫の居ぬ間にアバンチュールを楽しんでいるとか(笑)。

木村 そういう解釈も成り立ちますね。何しろ彼女は楽器を手にしているのですから、今でいう"昼顔妻"というわけです(笑)。

阿木 この絵自体が、何だか探偵事務所の浮気調査の報告書みたい(笑)。シンボリズムのお約束事が分かってくると、突然、絵が〓〓舌(じょうぜつ)になってきますね。まさに木村さんのおっしゃる、絵は観るものではなく、読むもの。まるでミステリーの謎解きみたい。

木村 もともと西洋絵画は、感覚に訴えるものではなく、メッセージの伝達手段なんです。

阿木 でも、絵を読み解くには、かなり幅広い知識が必要ですよね。そこで木村さんの"イヤホンガイド"が生きてくる。

木村 プロテスタントの国の風俗画の多くは、聖書に基づいた倫理観を表すものが多いんですね。このフェルメールの絵は、肉欲に対する戒めであったりするわけです。

阿木 今の説明をお聞きして、目から鱗というか。えーッ、そんなふうに絵って解釈するんだって。そういう知識を持ってフェルメール展に行くのと、まったく白紙の状態で行くのとでは、絵の理解度が大きく違ってきますね。

木村 映画の字幕と同じです。フェルメールが活躍していた時代のオランダの風俗画がどういうものかを知っていると、映画を観るようにストーリーが頭に入ってくる。

阿木 今まで、日本人は絵画に関して字幕スーパーなしで、映画を観ていたようなものですね。それにしても本当に何でもよくご存じで。木村さんが美術の道に入られたのは、もともと絵がお好きだったとか?

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