対談詳細

艶もたけなわ
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エド・はるみ タレント

2018年7月15日号

阿木燿子の艶もたけなわ/210 

 親指を立てながら「グーッ!」というギャグで一躍有名芸能人の仲間入りを果たしたエド・はるみさん。その後、大学院に入り、新たなチャレンジを続けています。"遅咲きの新人芸人"の道程を振り返り、今後の夢をたっぷりと語っていただきました。
「ホップ・ステップ・ジャンピング~!」のエドさんのポジティブトーク、お楽しみください。

 ◇小さな優しさや思いやり、笑顔がある社会づくりに関われる仕事をしたい。  

◇エドさんって人生の岐路に立たれるとその都度、退路を断って進まれるんですね。  

◇もし吉本で花が咲かなかったら、全て諦めようと思いました。人生最後の賭けですね。

阿木 いきなり何ですが、エドさんって血液型はA型でしょう?

エド 長い間、私もそう思っていたんですけど......。
阿木 エッ、違うんですか? 絶対A型だろうって。
エド それが実はO型だったことが判明しまして。
阿木 今まで、血液検査は何度か受けられたでしょう?
エド 一応検査ではずっとA型で。健康診断でもそうでしたし。
阿木 どういうことでしょう?
エド 本当ですよね。私自身も驚きました。で、人間ドックの先生に「先生! 私、A型ですよ?」と。そしたら、「じゃ、ここで採血して調べてみましょう」と言われて。そしたら、「ほらね」って。
阿木 今まで手術とかは?
エド 小学生の時、盲腸をやりました。
阿木 A型で?
エド はい、A型で(笑)。
阿木 エドさんの資料をいろいろ読ませて頂くと、とても真面目で、努力家でいらっしゃる。なのでエドさんはてっきりA型だろうと。
エド はい。私もそう信じていたので、世に言うA型の性格に自分を嵌(は)め込んで生きてきた気がするんです。
阿木 ウチは主人(宇崎竜童氏)がO型で、性格的に良く言えば心が広く、悪く言えば大雑把(ざっぱ)かな。
エド そうなんですね。おおらかな方にお見受けします。
阿木 エドさんのご主人は?
エド A型です。
阿木 A型とO型って、合うんですって。ウチもAとOの組み合わせで。なんてちょっとノロケてしまいました(笑)。
エド 本当にご夫婦仲がよろしいんですね。
阿木 まあ、仕事が作詞家と作曲家なので補完関係にあって、良い歌を作るためには、協力し合わなくちゃいけない。今、締め切り間際の仕事があって、主人はスタジオに籠もって作曲をしているんです。その側(そば)で私はずっと念力を掛けて、「良いメロディーを書け!」って(笑)。
エド 阿木さんの念力、効きそうですね。
阿木 効果はあると思います。少なくとも、あちらは手を抜けない(笑)。エドさんも念力がお強そうですね。
エド そうですね。夫曰(いわ)く「あなたのは半端じゃない」って(笑)。
阿木 でも、それって一途(いちず)ってことですよね。エドさんはお子さんの頃からずっと、女優さん志願でいらっしゃったそうで?
エド はい。子供の頃から児童劇団に入りたくて。事ある毎(ごと)に両親に訴えていたんですが「まずは勉強しなさい」と言われて、許してもらえなかったんです。それでも「8時だョ! 全員集合」を見ては、加藤茶さんの真似(まね)をして「ちょっとだけよ」とやっていました(笑)。それをやるものですから、小学校では知らない生徒さんがいないほど有名でした。
阿木 その頃から、人前で"演じる"のがお好きだったんですね。高校生になられてからは、ご自分で劇団を作られたとか?
エド 千葉の私立高校だったのですが、高校に演劇部がなかったので、文化祭に向けて部員を募り、部を作りました。
阿木 思ったらすぐ行動に移す。これもエドさんのキーワードのひとつですね。
エド はい。その時は脚本も書き、主役で舞台にも立ちました。部員数は20人くらいになって。小学校の卒業文集には、将来、女優か作家になりたいと書いていました。
阿木 でも最終的には、女優さんに的を絞られた?
エド そうですね。大学を卒業してから本格的に芝居の道へ進むため、渡辺謙さんなどを輩出された「演劇集団 円」の研究生になりました。でも2年目に残れるのは1人か2人ほどで。
阿木 かなりの狭き門ですね。
エド 劇団卒業後は、一人芝居を始めました。台本を書き、演出・制作・主演と、全て自分で。とにかく実践だと。それを20年近く続けました。
阿木 ずいぶん長く頑張られたんですね。お金を貯(た)められて、照明さんや美術さんを雇って、チケットは手売りという形ですよね。
エド でも、40歳くらいの時でしょうか。「これでいいのかな?」と、20年近くやって初めて立ち止まって考えました。気付くのが遅いですけれど(笑)。
阿木 40といえば不惑の年。でも、実際は人生に一番迷う時期かもしれませんね。
エド 私が当時やっていたのは、敢(あ)えて笑いを排した新劇でした。けれど、その立ち止まって考えた時、「私はお客様がストレートに笑って喜んでくれるものをやりたいんだ!」と気付いたんです。それで、子供の頃から惹(ひ)かれていた「笑い」という原点に立ち返ろうと思いました。
阿木 お笑いといえば吉本。で、東京校の養成所の試験を受けられたんですよね。かなり勇気が要ったのでは?
エド それはもう。吉本といえば、お笑い界の東大ですから。まず事務所に簡単には入れません。でも、吉本のホームページを見て「養成所に入ってここで頑張れば、事務所に入れてもらえるんだ」と。そこに、一筋の光が差したように感じました。
阿木 まさに希望の光。そういう時はゴーサインですよね。立ち止まっちゃ、女がすたる(笑)。
エド 実はその頃、お付き合いをしている人が居まして。結婚はしたいし、子供も欲しいと思っていたんですが、それじゃ駄目だ、ここで覚悟を決めなきゃと。今度こそ、自分がしたい仕事で食べていく最後のチャンスだと腹をくくり、その彼とも別れました。
阿木 エドさんって人生の岐路に立たれるとその都度、退路を断って進まれるんですね。
エド そうせざるを得ないところに、最後は追い込まれるというか。
阿木 まさに背水の陣ですね。
エド もし吉本で花が咲かなかったら、今度こそ全て諦めようと思いました。人生最後の賭けですね。

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