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艶もたけなわ
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三宅裕司 喜劇俳優

2018年6月 3日号

阿木燿子の艶もたけなわ/204 

長年劇団を主宰し、舞台でのお笑いに情熱を注ぎ続けてきた三宅裕司さん。今年も三宅さんが座長を務める「熱海五郎一座」の公演が幕を開けます。そんな三宅さんに、テレビと舞台のお笑いの違いや、大先輩に番組に誘われたものの断ったエピソード、奥様との恋愛秘話や学生時代から続けているジャズバンドの話などを伺い、盛りだくさんでお届けします。お楽しみください。

 ◇僕は、音楽とお洒落なコントが合わさったバラエティーを目指していたんです。  

◇後から思い出してニヤッとする笑いとか、大人の会話を楽しむ的な笑いが消えつつある。  

◇テレビの視聴率が影響していると思う。振りから落ちまでが長いと視聴者は待てない。

阿木 今日、出掛ける間際に主人(宇崎竜童氏)が、三宅さんに、「その節は失礼しましたと伝えてほしい」と申しておりました。

三宅 えッ、何のことでしょう?

阿木 以前、三宅さんから、舞台で使う音楽の作曲を依頼された際に、2日にわたって、同じメロディーをお届けしたのだとか。

三宅 あー、あれですね、でも、もう大分前のことなので。

阿木 あの時は1日に1編ずつ三宅さんから詞が送られてきて、その詞にメロディーを乗せてお返しすることになっていたのに、違う詞にまったく同じメロディーを付けてしまったと。

三宅 何処(どこ)かで行き違っちゃったんでしょうね。

阿木 いえ、きっと前日に自分がどんなメロディーを書いたのか、忘れたんだと思います。いい加減なんです、そういうところ(笑)。

三宅 僕達もそうですが、ついうっかり、ということはありますから。

阿木 いえ、プロとしてあるまじきことで、本人も深く反省しておりました。

三宅 いや、まあ、あの公演は他にもいろいろあったので(笑)。

阿木 そうなんですか? 三宅さんがお創りになる舞台って、お芝居だけじゃなく、さまざまな要素が入っているので、演出家として、まとめるのに腕力が要りそうですね。

三宅 一応、僕は自分の目指す方向を「ミュージカル・アクション・コメディー」と言っているんですが......。

阿木 歌あり、ダンスあり、アクションあり、笑いあり。何と贅沢(ぜいたく)な舞台(笑)。今年も「熱海五郎一座」の公演をなさるんですよね。

三宅 新橋演舞場でやらせて頂いて、今回で5周年になるんです。

阿木 今年の演目は「船上のカナリアは陽気な不協和音」。歌手の小林幸子さんがゲストでご出演なさる。小林さんはこのシリーズ、2度目ですよね。

三宅 はい、2009年の「日本映画頂上決戦~銀幕の掟をぶっとばせ!~」の時にも、出て頂いています。

阿木 その公演のDVDのライナーノーツには「東京のお笑い"軽演劇"を上演すべく」と書かれていましたが、三宅さんは東京のお笑いというものに、こだわりが?

三宅 まぁ、それもありますが、台本があって、演出家が居て成立する"演じる笑い"には、東京も大阪もないと思うんです。僕は「熱海五郎一座」の他にもSETという劇団を主宰していて、こちらは大阪でも結構やらせてもらっていますが、むしろ大阪のお客さんの方が笑いに貪欲というか、よく笑ってくれますね。

阿木 SETというのは、確か劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」の頭文字ですよね。

三宅 そうですが、よく調べてくださって(笑)。

阿木 いえいえ、これしき(笑)。でも今はお笑いというと、大阪が中心というイメージがありますよね。かつて在った江戸前の、後から思い出してニヤッとする笑いとか、大人の会話を楽しむ的な深みのある笑いが消えつつある。ドタバタギャグの応酬みたいなものが主流になっている気がしますが、そのあたりはどうお感じですか?

三宅 それって多分に、テレビの視聴率が影響していると思うんです。落語でもそうですが、芸として演じる笑いだと、振りから落ちまでが長いでしょう。それだと視聴者は待てなくて、途中でチャンネルを変えてしまう。そこで、その場で受けるものを追いかけると、トーク番組が手っ取り早いということになる。それで軒並み、同じような番組になってしまうんでしょうね。

阿木 もちろん芸人さん達の丁々発止のバラエティーも面白いんですが、そればかりというのもね。

三宅 まあ、今やテレビは何度もリハーサルを重ねなければいけない、丁寧に作り上げた笑いには向かないのかもしれませんね。芸人さんの個性で番組を成り立たせる"ドキュメンタリーな笑い"の方が、作りやすいんでしょう。

阿木 ドリフターズの「8時だョ!全員集合」が高視聴率を得ていた頃は、土曜日になると家族全員で、テレビの前に座っていましたよね。あれって、まさしく作られた笑いで、かなり仕込まないと成立しない。

三宅 本当にそうです。あの番組ではしょっちゅう、"屋台崩し"をやってましたからね。一発勝負のギャグだから、念入りな打ち合わせがないとね。まあ、時間とお金がかかっていますよね。効率だけを考えれば凄(すご)く悪い。

阿木 それだけに観ている方に、カタルシスがありましたよね。2階屋がいきなり1階屋になっちゃうんですから、気分がスッキリ(笑)。でも、三宅さんは「オレたちひょうきん族」が台頭してきたあたりから、笑いの質が変わったとお感じになっていたとか?

三宅 僕はあそこがひとつの切れ目だと思ってるんです。(ビート)たけしさんがおっしゃってましたが「8時だョ!~」みたいな作り込んだ笑いを目指しても、到底ドリフには敵(かな)わない。だから俺達は同じフロアで働いているAD(アシスタントディレクター)達を笑わせようと思ったと。そうすると、どうしても仲間受けとか、楽屋落ちの笑いになりますよね。素を曝(さら)け出すことの面白さですよね。

阿木 三宅さんは、欽ちゃんから「一緒にやらないか」と誘われたとか?

三宅 大将(萩本欽一氏)から「ウチの番組に出ないか」と言って頂いたんですが、僕も劇団をやっていて団員が40人ぐらい居たので、待てよ、と思ったんです。彼らからしたら、自分達の座長が欽ちゃんの下になってしまうわけですよね。それじゃ、彼らに申し訳ないと思って、やめたんです。

阿木 劇団を維持するのって、大変そうですけど、ずっと続けてこられたことは、三宅さんの人生にとって正解?

三宅 大正解ですね。僕はもともと「シャボン玉ホリデー」のような音楽と、ちょっとお洒落(しゃれ)なコントが合わさったバラエティーを目指していたんです。ただテレビでは、ある時期から司会業が増えてしまいましたが。

阿木 歌舞伎は別にして、日本の演劇界はその道だけで、食べてゆける人って少ないでしょう?

三宅 そこなんですよね。だからどうしてもテレビで名前を売って、っていうことになる。僕の場合は、司会をやっていくうちに、そこのスタッフ達と番組を作るのが面白くなっていったんです。でも、何だか自分だけ楽しい思いをしているようで、劇団に対しては多少、負い目を感じたりして。なのでその分、テレビで稼いだギャラで、劇団員をお給料制にしたりね。

阿木 やはり三宅さんのベースは劇団なんでしょうね。だから、いつもそこに戻ってゆく。でも、それ以外にも、いろいろお好きなことがおありになって、それらに囲まれた人生ですよね。

三宅 幸運なことに、本当にそうですね。

阿木 ジャズの方も、長いでしょう?

三宅 学生時代からなので、もう半世紀近くやっています。

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