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艶もたけなわ
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小野リサ ボサノヴァ歌手

2018年5月 6日号

阿木燿子の艶もたけなわ/201 

 1989年にデビューして以来、瞬く間に"ボサノヴァの第一人者"としての地位を築いてきた小野リサさん。2011年から日本の歌をボサノヴァのリズムに乗せて歌うことにもチャレンジし、今年は第4弾のアルバムも発表。今や国内外でも活躍する小野さんに、亡きお父様のエピソードや日本とブラジルの意外な共通点などを伺いました。

 ◇ブラジル人は思いの外、繊細ですね。そこが強みでもあり、弱さでもある。  

 ◇ボサノヴァのリズムと日本の歌謡曲が、こんなに合うとは思いませんでした。  

 ◇日本語で歌うこと自体が大きな冒険でした。ボサノヴァは、鼻歌みたいな感じですから。

阿木 今や日本でボサノヴァといえば、小野リサさんのお名前がすぐ浮かびますが、もともとブラジル生まれ、ブラジル育ちでいらっしゃるんですよね。

小野 はい、10歳で日本に帰ってくるまで、ずっとブラジルで暮らしていました。

阿木 日本に帰ってこられた直後は、ホームシックにかかられたとか?

小野 ブラジルが大好きだったので、つい懐かしくて。日本に帰ってきてからも、あちらの言葉を忘れないようにと、持って帰ってきたポルトガル語のレコードをよく聴いていましたね。

阿木 お父様はブラジルで、お店をなさっていらっしゃったんですよね。

小野 ええ、「クラブ一番」というライブハウスをやっていました。日本に帰ってきてからは「サッシペレレ」という名で、ブラジル料理と音楽を楽しめる店を始めたんです。開店当時は、日本でブラジルの音楽を聴けるところがほとんどなかったので、向こうの商社に居らした方とかが、懐かしい、と言って、通ってくださってましたね。

阿木 リサさんのお父様って、凄(すご)く豪快な方だったんですよね。帰国なさる途中でラスベガスに立ち寄られ、有り金全部をカジノで賭けて、大勝なさったとか。

小野 本当に行動力のある父で。

阿木 カジノだなんて、賭けに勝ったからいいものの、スッテンテンになったら、どうなさるおつもりだったんでしょう(笑)。

小野 ねーえ、本当に(笑)。でも、父のことだから、そこまではきっと、考えてなかったと思います。

阿木 本当に度胸の良い方!(笑)。

小野 父にはいろいろエピソードが有るんです。子供の頃、今の北朝鮮の平壌(ピョンヤン)に住んでいたんですが、よほど腕白(わんぱく)だったのか、祖父に叱られて、お寺に入れられたそうです。そこでお経を学んで、ブラジルに居る15年間、毎朝、唱えていたんです。ただ、お経が単調なので、どうにか面白くできないかと考えて、ブラジルのリズムを付けて、「お経サンバ」というアルバムを作ったんです(笑)。

阿木 それ、グッド・アイデアです!(笑)。お経の退屈さが軽減されていいかも。どなたが歌われたんですか?

小野 本願寺のお坊さんが歌ってくださいました。

阿木 お坊さんはまた、お声が良いから。みなさん、お腹(なか)の底から声を出されるでしょう?

小野 父のお葬式の時に、本人の希望でそのCDをかけたんです。

阿木 さぞかし天国で、お父様は喜ばれたでしょうね。よく考えてみたら、お葬式にサンバって合うかも。お葬式自体が魂のお祭りですものね。リオのカーニバルを愛された、お父様らしい。

小野 私もそう思います。ブラジルでは、ボサノヴァの創始者のジョアン・ジルベルトさんの演奏スタイルを、"ボサノヴァ禅"というような言い方をするんです。

阿木 リサさんの「コンプリート・ベスト」というアルバムを聴かせて頂いていたら、全編ポルトガル語なので、歌詞の内容はまったく分からないんですが、聴き終わる頃には、ある種の瞑想(めいそう)状態に入っていました。言葉が邪魔にならないという言い方は大変失礼なんですが、言葉に神経を払わなくても済む分、リズムとメロディーがスーッと心の中に入ってくる感じですよね。

小野 多分、ボサノヴァって、無機質な音楽なんでしょうね。ジルベルトさんの時代のアーティスト達は、インドの瞑想とかに興味がある人が多くて、ジルベルトさん自身もそういうものに触れて、影響を受けたようです。

阿木 音楽の表現としては激しく、人の心に訴えるやり方もありますが、ボサノヴァの場合、ヒタヒタという感じで入り込んできますよね。ジルベルトさんは意図的に、それを目指されたのかしら?

小野 それはあるかもしれませんね。ただ表立って主張しないところが、またボサノヴァらしいなと。

阿木 でも、面白いですね。リオのカーニバルとサンバに代表される情熱的な国民性のブラジル人の中から、こういうアンニュイな音楽が生まれるなんて。

小野 私も常々、そう思っていて。ジョアン・ジルベルトさんがある日、彗星(すいせい)のように現れて、ギターの弾き語りを始めた時は、周囲はみんな、驚いたようです。

阿木 シンプルなギターのバッキングと、あの独特な声と節回しで歌われたら、周囲がカルチャーショックを受けたのは分かる気がします。で、今の私のカルチャーショックは、リサさんのアルバム「旅 そして ふるさと」。ボサノヴァのリズムと日本の歌謡曲が、こんなに合うとは思いませんでした。

小野 私にとって、日本語で歌うこと自体が大きな冒険でした。

阿木 もともとリサさんは音楽の旅をテーマに、さまざまな国の言語で歌っていらっしゃいますよね。その中でも日本語は難しい?

小野 難しいですね。ボサノヴァって、言ってみれば鼻歌みたいな感じじゃないですか。軽く歌い流すみたいな。でも、日本語はひとつひとつの言葉に意味があるので、曲になった時も、それを大事にして、気持ちを込めて歌わなくちゃいけない。でもそのお陰か、私、歌唱力が少しついた気がするんです(笑)。

阿木 私達日本人が気付かないことを、バイリンガルのリサさんはお分かりになりそうで?

小野 もともと日本語は語彙(ごい)が豊富で、表現が凄く豊かですよね。

阿木 確かに、季節や景色を言い表すのにも、日本語はいろいろな言い方が有りますよね。作詞家の立場から言っても、本当に多様性を秘めているなと。例えば、恋の歌でも、男女の心理の襞(ひだ)みたいなものを言い表す手段が無限にある感じです。

小野 本当に日本語って、奥が深いですね。

阿木 日本語ということは、イコール日本人ってことにもなると思うんですが、リサさんからご覧になって日本人の良さって?

小野 やはり思い遣(や)りでしょうか。

阿木 "お・も・て・な・し"に通じる感じで?

小野 いえ、そんな浅いところじゃなく、心の深いレベルで物事を考えて、行動に起こせるところが素晴らしいと思います。

阿木 そんなふうに言って頂くと、日本人として、ちょっと誇りが持てます。今、日本全体が内向きになっていて、とくに若い人はあまり海外に出かけないとか言われていますけど、日本人の良さをもっと、国外にもアピールした方がいいですよね。これからは、さらにグローバルな感覚が必要とされる時代でしょうから。

小野 ブラジルって、いろいろな国の人が交わって暮らしているんです。アメリカにもさまざまな人種の人達が居ますけど、ブラジルほどは交ざっていない。そういう意味で人との関わり合い方は、ブラジル人は思いの外、繊細ですね。ちょっとした言葉遣いでも、考えながら使っている感じです。

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