対談詳細

艶もたけなわ
loading...

八代亜紀 歌手

2018年4月22日号

阿木燿子の艶もたけなわ/199 

 「なみだ恋」「舟唄」「雨の慕情」など数多くのヒット曲で知られる八代亜紀さん。近年はジャズアルバムを発表したり、野外ロックフェスにも参加するなど、幅広い活動で今もなお歌手としての最先端を走り続けています。テレビ番組の秘話からニューヨークでのライブの思い出話など、"演歌の女王・八代亜紀"を余すところなくお届けします。

 ◇歌と絵、好きなことを両方やれて今は本当に、超ハッピーですね。 

 ◇八代さんの人生は、最愛のお父様が絵と歌という2本のレールを敷いてくださった。 

 ◇父に背いて16歳で歌手を目指して、東京に出て来たんです。怖いもの知らずですよね。

阿木 八代さんとは去年の秋、「徹子の部屋コンサート」でご一緒させて頂いて。あの時、私、主人(宇崎竜童氏)のギターの伴奏で歌う羽目に陥って、本当にドキドキものでした。だって私達の出番の後に、八代さんが控えていらっしゃるんですもの。そんなプロ中のプロの方の前で歌うなんて、何と身の程知らずかと(笑)。

八代 いえいえ、とても可愛らしかったですよ(笑)。

阿木 大阪での打ち上げ、楽しかったですね。焼き肉屋さんで八代さんが私の前にお座りになり、ずっと肉を焼いてくださった。

八代 あまりに阿木さんが下手だったから(笑)。阿木さんって、お料理をなさるの?

阿木 私、料理だけはするんです。いい加減なんですけど、手早いの。あと今日、主人が何を食べたいか当てるのが上手(うま)いんです。

八代 本当ですか? ウチは反対です。事務所社長兼主人のマサトが、今日は何を食べたい?って私に聞いてくれて、それをちゃんと用意してくれるんです。

阿木 ご自身では、お料理は?

八代 まったくしないの。

阿木 なのに、どうして焼き肉をあんな上手に焼けるのかしら。手付きを見ていたら、八代さんをお嫁さんにした男性は、幸せだろうなって感じでした(笑)。

八代 いえいえ、不幸です(笑)。

阿木 あの時、いろいろお話をさせて頂いて意外だったのは、八代さんは歌より以前に、絵を始められたって。

八代 父が絵が好きで、よく家で描いてたんです。それで絵筆を揃(そろ)えて準備を始めると、私、率先して手伝うんです。水を汲(く)んで、筆を洗ってと。そうすると父が頭を撫(な)でてくれて、「いい子だね」って。

阿木 八代さんは、大変なパパっ子でいらっしゃったんですよね。

八代 本当にそう。父が大好きでしたね。ただし、怖い存在でもありました。私、凄(すご)い恥ずかしがり屋だったんですが、父の命令一下、近所の人の前でよく歌わされたんです。それも父が痺(しび)れを切らして爆発する寸前に歌うんです。父の眉毛が上がってくると危険水域なので、その直前にね。

阿木 お父様としては自慢の娘の歌を、ご近所の人に聴かせたい。

八代 週に1回、みなさん、座布団を持って、家に集まってくるんです。それが本当に嫌でしたね。

阿木 でも、そうお聞きすると、八代さんの人生は、最愛のお父様が絵と歌という2本のレールを敷いてくださった。

八代 でも、そんな父に背いて16歳で歌手を目指して、東京に出て来たんです。怖いもの知らずですよね。で、新宿の美人喫茶で歌ったり、銀座のクラブで歌ったり。今振り返ると、沢山(たくさん)の人に助けられたなと思います。私なりにつまずきもあったんですが、その都度、手を差し伸べてくれる人が現れて。

阿木 10代で東京に出て来たら、それなりの誘惑があったのでは?

八代 そうですね。若くて世の中を知らないから結構、タイトロープだったかも。ある時は熱烈な男性ファンが、黒いケースにびっしり入ったダイヤモンドを持ってきたんです。「いつも素敵(すてき)な歌を聴かせてくれてありがとう。お礼をしたいから、どれでも好きなダイヤをどうぞ」って。

阿木 私なら、目の前にダイヤが置かれたら、目が眩(くら)みそう(笑)。

八代 周りで見ていたホステスのお姉さん達も「亜紀ちゃん、大きいのにしなさい」って。でも、私は下から2番目に大きいのを選んだんです。そんな高価な物を頂くと、相手の方に何か思惑があった場合、断り辛(づら)いですよね。それに、せっかく純粋に私の歌を聴きに来てくださっているのに、その関係も駄目になってしまうかもと思って、結局、そのダイヤはお返ししました。

阿木 若いのに、そんな理性的な行動が取れたのは、ご両親の教育の賜物(たまもの)かもしれませんね。

八代 ええ、父や母からは「いつも笑顔でいなさい、人を疑っちゃいけない、えこひいきは駄目」って、教えられてましたから。

阿木 えこひいきといえば「全日本歌謡選手権」にチャレンジなさった際には、審査員の淡谷のり子さんに毎回、辛辣(しんらつ)なことを言われてましたよね。

八代 あの時、審査員の先生が4人いらっしゃったんですが、船村徹先生は「こんな歌唱力のある歌手を、レコード会社はなぜ放っておくんだ」とおっしゃってくださったんですが、淡谷先生は10週目の最後まで「あんたは嫌い」って(笑)。

阿木 そういう時でも、八代さんはにっこり笑っていらした。当時、あの番組は大人気で、高視聴率でしたよね。

八代 40%近かったですからね。7週目ぐらいから、会場でも合格させろの拍手が凄くて。あとトラック野郎の追っかけが始まったのも、ちょうどその頃ですね。

阿木 派手な装飾を施した、デコトラの運転手さん達ですよね。

八代 そう、亜紀がいじめられているので、俺達が守ると。そうすると今度は東映が、面白い社会現象があるというのを聞きつけて、映画化って話になったんです。

阿木 じゃ、菅原文太さんと愛川欽也さんがダブル主演をなさった「トラック野郎」のシリーズはそれがきっかけなんですね。確か八代さんは女優さんとして、ご出演なさってらっしゃいますよね。

八代 ええ、女性トラックドライバーの役でね。あの映画、本物のトラッカーが、エキストラで何十人も出ているんですよ。

政治・社会

くらし・健康

国際

スポーツ・芸能

対談

  • 艶もたけなわ

    田中麗奈 女優

    2018年5月20日号

    阿木燿子の艶もたけなわ/202   清涼飲料水のCMで初代イメージキャラクターを務め...

コラム