対談詳細

艶もたけなわ
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飯星景子 作家・タレント

2017年10月29日号

阿木燿子の艶もたけなわ 175

 タレント、コメンテーター、作家、エッセイストなど幅広い活動で知られる飯星景子さん。亡父・飯干晃一さんは、著名なジャーナリスト、作家でしたが、景子さんにとっては"扱いづらい父"だったといいます。
そんな飯干家の「父娘秘話」に加え、一人暮らしをする母親への思いなどをじっくりと伺いました。

  •  ◇今は心から、母に長生きしてくれて、ありがとうって言いたいです。
  •  ◇いつもの強いお父様じゃなくて、弱気な姿を目にして初めて、心が開いたんですね。
  •  ◇そうですね。その時が、私が父の愛情を心から信じられた瞬間だった気がします。

飯星 今日は久しぶりに阿木さんにお目にかかるので、何のお話をしようかなと思ったんですけど、まずは母のことをいいですか?
阿木 もちろんです。お母様はおいくつになられましたか?
飯星 85歳です。今、一人暮らしをしていて、元気なんですけど、かなり物忘れがひどいんです。私、最初、それに慣れなくて。子供だから認めたくないんですよね。
阿木 物忘れなら私だって。食事はさすがにないですけど、今日、薬を飲んだかどうか、思い出せないこともしょっちゅう(笑)。
飯星 もともとしっかりした人なので、母自身、自分の変化についていきかねて、イライラするみたいなんです。私のほうもしっかり者の母しか記憶にないから、つい言葉を荒らげて、「何してるの?」みたいなことを言ってしまったり。
阿木 お母様、近くにお住まいなんですよね。
飯星 歩いて30分ぐらいの所です。
阿木 程良い距離ですね。
飯星 以前は、母が私のところへ来て、掃除とか料理とかいろいろやってくれてたんですけど、最近は体がしんどいらしく、私のほうが行くことが多いですね。
阿木 景子さんのお父様は、映画「仁義なき戦い」の原作者で有名な飯干晃一さん。私、飯干さんの著書を拝読するたびに、私の父に似ているな、と思っていたんです。父は大正生まれで頑固一徹でしたが、家族を守る気概に溢(あふ)れた人でした。

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