対談詳細

艶もたけなわ
loading...

荻野アンナ 作家・慶應大教授

2017年10月15日号

阿木耀子の艶もたけなわ 173

 両親、そしてパートナーの介護、看取りを行い、自身も大腸がんを経験した荻野アンナさん。一方で、作家として東日本大震災の現場に行ったり、大学で教壇に立つなど、精力的に活動中です。常にユーモア溢れる発想と言動で、周囲を明るくする荻野さんですが、自らの標語は「起こったことはみんないいこと」。葛藤や困難を乗り越える強さを明かしていただきました。

  •  ◇母が苦心して建てた自宅を、母の美術館にするのが夢なんです。
  •  ◇アンナさんとお母様って、とても密度の濃い親子でいらしたみたいで。
  •  ◇私と母の場合は絵描き対物書きのぶつかり合いもあって、複雑でしたね。

阿木 アンナさんは横浜市の中区にお住まいですよね。私は結婚直後まで鶴見区の住人だったんですけど、中区の人から言わせると、川崎に隣接している鶴見区は、横浜じゃないと(笑)。
荻野 その中区にもいろいろありまして、汽笛の音が届かないと、横浜とは認めないとか(笑)。
阿木 生粋の浜っ子のあの感覚って面白いですよね。横浜に凄(すご)くプライドを持ってる。
荻野 「江戸っ子だい」に対して、「浜っ子じゃん」というのがありますよね。
阿木 その浜っ子も憧れるミッションスクール、フェリス女学院にアンナさんは通っていらっしゃったんですよね。
荻野 私の場合、ちょっと特殊で中2まで横浜雙葉で、中3からフェリスなんです。
阿木 どちらも有名なお嬢様学校ですよね。その後大学は慶應、そして現在は母校の文学部の教授と、かなりエリートコース。
荻野 いえ、ただ家から学校が近かっただけで。
阿木 そんな輝かしい経歴をお持ちのアンナさんですが、作風とか発言が凄くお茶目(ちゃめ)というか。アンナさんの中に、外国人墓地に代表されるエキゾチックな中区と、「ザ・下町」ともいえる庶民的な寿町みたいな場所が同居している気がするのですが。
荻野 同じ庶民派なら私、野毛の居酒屋街が気に入っておりまして。何度か自分の本の叩(たた)き売りをやったことがあるんです。
阿木 叩き売りって、あの「いいから、持ってけ」みたいな?(笑)。苦労して書いた作品だと、心が痛みませんか?
荻野 心は痛まないけど、懐が痛みます(笑)。著者は自分の本を出版社から八掛けで買いますから、1000円だったら800円で売らないと損をするんです。それを「ええい、100円で持ってけ、泥棒」なんて、寅さんみたいな格好をしてやってました。
阿木 そういうところが凄くチャーミング(笑)。東日本大震災の被災地に出向かれた際には、メイド姿で自衛隊のみなさんにコーヒーを配られたとか?
荻野 私、被災地に最初にかかわったのは気仙沼だったんです。たまたまテレビのニュースを見ていたら、被災された喫茶店のマスターが避難所の体育館の横にテントを張ってジャズを流し、コーヒーを振る舞っていたんです。それで取材させてもらおうと思い、出向いたんですけど、「人はパンのみにて生くるに非(あら)ず」で、そういう時だからこそ一杯のコーヒーが胃の腑(ふ)に染みる、ジャズが染みるというのがあると思うんです。

政治・社会

くらし・健康

国際

スポーツ・芸能

対談

  • 艶もたけなわ

    田中麗奈 女優

    2018年5月20日号

    阿木燿子の艶もたけなわ/202   清涼飲料水のCMで初代イメージキャラクターを務め...

コラム