対談詳細

艶もたけなわ
loading...

小西博之 俳優・タレント

2017年10月 1日号

阿木燿子の艶もたけなわ 171

 1980年代、"欽ちゃんファミリー"の一員で、「コニタン」の愛称で親しまれてきた小西博之さん。45歳の時に末期の腎臓がんであることが判明。長期間の治療を経て「完治」。今夏、『生きてるだけで150点!』(毎日新聞出版)を出版しました。今回のテーマは小西さんの"患者学"。まさに"目からウロコ"の患者の心構えをご教示いただきました。

  •  ◇毎晩、少し熱めのお風呂に入って「死にたくないー」って、号泣してました。
  •  ◇小西さんのがんは深刻で、お医者さんからは、余命はゼロ日と言われたんですよね。
  •  ◇「即死もあり得る」って。その上、「何で死なへんかな」と逆に尋ねられました(笑)。

小西 初対面でこんなことを申し上げるのも何ですが、僕、(山口)百恵ちゃんの大ファンなんです。それで、今日はその曲を作られた方と対談ということで、めちゃ嬉(うれ)しいです。
阿木 ありがとうございます。主人(宇崎竜童氏)にも伝えておきます。でも、何事も命あっての物種ですよね。小西さんは12年前に余命ゼロ日という腎臓がんの宣告をされ、それを見事に克服なさった。その経験を『生きてるだけで150点!』という本にまとめられたんですよね。それにしても、小西さんの腎臓がんのサイズが横13センチ、縦20センチだったとは、びっくりです。
小西 腎臓自体の大きさが10センチ程度なので、倍ですね。
阿木 でも、今やすっかりお元気そうで、大病なさった方には見えません。
小西 実は僕、がん以外にも42歳の時に、突発性難聴で右の聴力を失っているんです。耳鳴りが激しくて医者に行ったら、手遅れになっていて。最後に辿(たど)り着いた耳鼻咽喉(いんこう)科では、医者にこう言われました。「君の右の耳には鈴虫が棲(す)んでいるんだ。人生をまっとうするまで、可愛がってあげるんだよ」って。それを聞いた瞬間、気分がスーッと落ち着いて、耳鳴りを、うるさく感じなくなったんです。
阿木 ものは言いよう、言葉の力って大きいですね。
小西 すべて、起こったことは受け入れなさい、ということだったと思うんですけど、僕の師匠の欽ちゃん(萩本欽一さん)からも「人生50対50」という言葉を教わっていて、生きていれば良いことも悪いこともあるということが、その時、ストンと心に落ちた気がしました。それで、その時、気を取り直して、少しは体に良いことをしようと思って、禁煙を決意したんです。当時、結構なヘビースモーカーでしたから。

政治・社会

くらし・健康

国際

スポーツ・芸能

対談

  • 艶もたけなわ

    田中麗奈 女優

    2018年5月20日号

    阿木燿子の艶もたけなわ/202   清涼飲料水のCMで初代イメージキャラクターを務め...

コラム