対談詳細

艶もたけなわ
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三田寛子 タレント

2017年3月19日号

阿木燿子の艶もたけなわ145 

 1980年代、アイドルとして活躍した後、歌舞伎俳優の中村橋之助さんと結婚し、梨園の妻になった三田寛子さん。昨年、成駒屋は歌舞伎界初の親子4人同時襲名を行いました。その一家を裏方として支えてきた三田さんは、ほんわかとした見た目とは裏腹に、とても芯の強い女性だといいます。デビュー時のエピソードから子育て秘話まで伺いました。

  •  ◇主人は楽屋と舞台以外は、友達みたいな親子でいたいという思いが強いんです。
  •  ◇婚約発表をした際、仕事場でいろいろな人から、「大丈夫?」って言われたとか?
  •  ◇「寛子、大丈夫か?」とか「いつ戻ってきても、いいんだぞ」とか声をかけられて。

阿木 私、寛子さんのデビューシングル「駈けてきた処女(おとめ)」の詞を書かせて頂いたんですけど、あの時はまだ......。
三田 15歳だったんです。
阿木 歌詞の中に「16 今はなり始め」って。
三田 そう、レコード発売が、16歳になってすぐでしたから。今日はお目にかかれて、とても嬉(うれ)しいです。当時、私は東京に出てきたばかりで、何も分からなくて。レコーディングも初めてで、スタジオに入ったら、阿木さんが深めのソファに座ってらして、何てステキな女性だろう、と思ったのを覚えているんです。
阿木 ありがとうございます。あの頃、私、新人歌手にいろいろ詞を書かせて頂いてたんですけど、その中でもとくに寛子さんはピュアな印象があって、そのイメージをそのまま詞にしたんです。あの曲はタイトルでちょっと揉(も)めたの。「駈けてきた処女」の処女という字が強烈すぎないかって。普通、乙女とするところを、わざと処女と書いて、ルビを振ったので。

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