対談詳細

艶もたけなわ
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稲垣えみ子 元朝日新聞記者

2016年11月13日号

阿木燿子の艶もたけなわ 128

 朝日新聞社時代には、"アフロ記者"として注目を集めた稲垣えみ子さん。退職後は執筆活動やメディアへの出演と、さらに忙しい日々を送っているといいます。そんな稲垣さんの目標は「肩書なしで、一生を生き切ること」。世の中のさまざまな決まりごとからプラグを抜くその潔さに、阿木さんも、目から鱗がポロポロ落ちて──。

 ◇「自由」を得るって恐ろしいことだなと、今さらながら感じています(笑)。

 ◇今年の1月に退職されて、今は自由を満喫していらっしゃる?

 ◇正直言って、会社員の時の10倍ぐらい働いています(笑)。

阿木 稲垣さんの名刺、ずいぶんシンプルですね。名前とメールアドレスしか入っていないのね。
稲垣 名刺に入れる情報が、それしかないんです。手渡した方は、必ず裏をご覧になって、「え、これだけですか?」って(笑)。
阿木 28年、勤めていらした朝日新聞社を辞めて個人の名刺になられたら、どんな名刺を作られるのか、みなさん興味津々なのかも(笑)。
稲垣 会社を辞めてショックだったことの一つが、自分で名刺を作らなきゃいけないんだってことでした(笑)。
阿木 朝日新聞社に在籍中、 "アフロ記者"の愛称で親しまれていましたけど、実際にお会いすると、やはり目立ちますね、そのヘアスタイル。アフロにしたらモテ期に入ったというのは本当?
稲垣 街を歩いているだけで声をかけられるようになって、元々人見知りなのですごくありがたい。一緒にお酒をどうって、人生初のナンパもされましたし(笑)。
阿木 交差点でおばあさんが、「若い人は、ええな、自由で」って話しかけてきたそうですね。
稲垣 私自身は意識してなかったんですけど、それを聞いた時、「そうか、私は自由なんだな」って実感しました。人生にはやりたくてもできないことがたくさんありますよね。誰もがいろいろ我慢をしながら生きている中で、そこをひょいと飛び越えているように見えたんでしょう。実際には私が自由なのは髪形だけだったんですが、そう言われて、そうかもっと自由に生きていいんだなと。
阿木 朝日新聞社というと、堅い企業イメージがありますが、アフロヘアでも問題はなかったんですか?
稲垣 そのへんはすごく緩い会社で、服装や髪形はそれまでもずっと好きなようにやってきました。ただここまでやると周りは驚きのあまり、怒るタイミングを逸しちゃったのかもしれない(笑)。
阿木 40代で、それも女性で、社説を書く論説委員に抜擢(ばってき)されたなんて、凄(すご)くないですか? 私、社説って、てっきり有識者然としたベテラン記者が、難しい顔をして書いているものだとばかり思っていました(笑)。
稲垣 みなさん、そうおっしゃいます(笑)。でも『朝日新聞』の場合、だいぶ前から論説委員には女性がたくさん抜擢されていて、そんなに珍しくないんです。世代的にも若い人が結構いるんですよ。
阿木 それにしても当然、文章力を評価されてのことですよね。何といっても社説は社の顔ですもの。
稲垣 論説委員を1年半務めましたが、社の顔というのが本当に辛(つら)かったです。書くのは自説じゃなくて社説。そのプレッシャーで最初はまったく書けなくて。原因不明の激しい歯痛に襲われました。
阿木 精神的なストレスで?
稲垣 そうだと思います。歯医者に行っても虫歯じゃないと言われて、でも痛みで仕事が手につかなくて。それでも自分の担当分は死に物狂いで書くしかない。
阿木 書く苦しみは、私にもわかります。締め切り間際になると、本当に孤独ですよね。
稲垣 そのへんの壁を、阿木さんはどう乗り越えていらっしゃるのか、今日はぜひお聞きしたいと思っていたんです!
阿木 誰も代筆してくれないし、締め切りは近づいてくるし。ささやかなヒントなりとも閃(ひらめ)けばいいんですけど、何も思い浮かばない時の絶望感たるや......。私、前世は王様に仕えた物書きだったような気がするんです。期日までに書かないと、王様が私の首を切る。いつもそういう恐怖感があって(笑)。だから今でも、詞を書く時は、命懸けって感覚があります。
稲垣 そのくらい自分を追い込むと、言葉って浮かぶものですか?
阿木 エッセーや論評と違って、作詞の場合は感覚的なので、ただひたすら閃きを待っている感じですね。そう、雨乞いと一緒、言葉乞い。どうぞ神様、明日はいいフレーズが浮かびますようにって(笑)。
稲垣 それで言葉が降りて来る?
阿木 今まではどうにか(笑)。稲垣さんは会社をお辞めになる最後の1年間、コラムを担当なさったんですよね。それも朝日新聞に不祥事(注1)があって、いろいろ世間に叩(たた)かれた時期に。その時、恩返しの気持ちもあって、朝日新聞の窮地を少しでも救えたらと、渾身(こんしん)のコラムを書かれた。
稲垣 誰に頼まれたわけでもないんですが、力不足ながらやれるだけのことはやろうと。最初から「とにかく1年」という思いだったから書けた気がします。最後は「夕鶴」のつうのように、布を織る羽が一枚も残っていないくらい、書き切った感がありました。
阿木 コラムの最終回は、大変な反響があったそうですね。
稲垣 読者から何百通ものお手紙やメールをいただいて、私にはそれもショックでした。
阿木 それはどういうショック?
稲垣 もちろん、ありがたいことなんですけど、いただいたお便りで多かったのが、「新聞って、人間が書いてるんだって、初めて知りました」という内容だったんですね。長年、新聞に携わった者としては、複雑な気持ちでした。
阿木 稲垣さんのコラムが、それだけ読者の共感を得たということですよね。
稲垣 そうだとしたら、それまで朝日新聞が一生懸命発信してきたものと、読者との間に何か大きなズレがあったのかなと。私はもう辞めた身ですが、こういう反応自体は、まだまだ新聞が世の中から求められている証拠だとも思うんです。
阿木 今年の1月に退職されて、今は自由を満喫していらっしゃる感じ?
稲垣 正直言って、会社員の時の10倍ぐらい働いています(笑)。ひたすら書いています。
阿木 本(注2)の中で稲垣さんは、お金や会社の評価のためではなく、人の役に立つことが働くことの意味だって、書いてらっしゃいますよね。それは実践できてます?
稲垣 うーん。結構苦しんでますね。会社を辞めて、自分の成果を会社に認めてもらいたいという足掻(あが)きから自由になることができて本当に清々したと思っていたんですが、本を出したりテレビに出たりすると、それはそれでまた違った評価が返ってくる。結局、またじたばたしそうで。
阿木 個人名で仕事をする以上、評価はついて回りますものね。
稲垣 これまで対会社だったものが、対世間になっただけなのかと。世間に受け入れられたいという欲に振り回されたら、とんでもないことになる。そういう自我を乗り越えて仕事をしていかないと、同じことの繰り返しだと思うんです。
阿木 世間では出る杭(くい)は打たれる。でも出過ぎると、打たれないとも言いますが(笑)。
稲垣 出過ぎるところまでいけたらいいんですが、案外気が小さいのでビクビクしっぱなしです(笑)。自由を得るって恐ろしいことだなと、今さらながら感じています(笑)。
阿木 私、一度も会社勤めをしたことがないんですけど、組織に組み込まれると、転勤とか人事異動とかが大変そうですね。
稲垣 サラリーマンって人事次第ですよね。それで

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