対談詳細

艶もたけなわ
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黒柳徹子 女優

2016年9月11日号

阿木燿子の艶もたけなわ 119

 1976年2月に放送開始以来40年、放送回数は1万回を超えた長寿番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)。司会を務める黒柳徹子さんは、テレビの発展と共に歩んできた"テレビの申し子"。一方、ユニセフの親善大使を33年務めてきました。
 テレビ草創期の裏側から、目の当たりにしてきた世界の現実まで語り尽くしていただきました。

 ◇「徹子の部屋」は40年続けてきたので、できれば50年やりたいと思っています。
 ◇黒柳さんは将来の展望の中に、ご結婚も視野に入れていらっしゃるとか?
 ◇(脚本家の中園ミホさんが)「来年7月に黒柳さんは結婚します」って。楽しみです(笑)。

阿木 今年の年頭で、なんと放送回数が1万回超え。「徹子の部屋」は単なるトーク番組の枠に収まらず、日本の芸能史を記録し続ける貴重な存在ですね。とくに、どなたかがお亡くなりになった時、そう感じます。
黒柳 私もそう思います。生前の皆さんのお元気な姿が、画面の中に残っていますものね。
阿木 映像資料として、膨大な量ですね。今や「徹子の部屋」への出演は、業界を問わず、誰にとってもステータスなのではないでしょうか。
黒柳 ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。
阿木 番組に出させていただく時は、前日から気分が高揚します。でも、生放送と同じ撮り方なので、本番はとても緊張します。<br>
黒柳 その緊張感が大事だと思うんです。収録番組ですが、お話しいただいたものを、そのまま編集せずに全部流す形なので、ゲストの皆様には、万全の態勢で臨んでいただいています。
阿木 黒柳さんは毎回、手書きのメモをテーブルの上に置いていらっしゃいますよね。
黒柳 番組スタッフが事前にゲストにお目にかかり、打ち合わせしてきた資料を私なりに整理して、要点を書き出しているんです。本番前にもう一度、それに目を通すんです。
阿木 かなり長いメモですよね。月~金の帯番組なので、毎回だと量的にも結構ありますね。
黒柳 この話を重点的に伺おうとか、飛ばしてもいいのはここだなって心積もりしておくと、時間内に大体考えていたお話を伺えることができます。
阿木 長年、生放送で培ってきた経験が役立っていらっしゃる。
黒柳 それはあると思います。残り時間が7分だとしたら、4分と3分に分けて二つの話を聞こうって瞬時に判断したりね。でも、入りきらない場合もあるので、その時は「また今度」って。
阿木 そのあたりも、生放送の感覚(笑)。先日、「黒柳徹子だけが知っている THEテレビ伝説60年史((注1))」という特別番組を拝見しました。テレビ放送初期のドラマは生放送がほとんどで、セットの至るところにカンニングペーパーが用意してあったとか。劇中のすき焼きを食べるシーンでは、お豆腐にも台詞(せりふ)が書いてあったそうで。それってマジックで?(笑)
黒柳 あの当時だから、万年筆ですよね。台本がギリギリまで届かなくて、覚え切れない俳優さんはお豆腐とか白菜、ネギにも書いていました(笑)。お芝居をしながら、「ねぇ、お父さん、きょうはあれじゃない?」なんて言いながら、台詞入りの食材をお鍋の中に入れないように気を使いました(笑)。
阿木 間違って食べたら、大変ですね。後の言葉が続かない(笑)。
黒柳 機材も今ほど進歩していなかったので、ズームアップとかできなくて。なので、出演者はカメラ割りも覚えて、クローズアップの時は、自分からカメラのほうに寄っていくんです。
阿木 かなり不思議な光景(笑)。おまけにドラマセットの床には、「終わり」と書かれたフリップが置いてあったそうで。
黒柳 何かの都合でもうこれ以上、お芝居が続けられないなと思ったら、フリップをカメラの前に出すんです(笑)。
阿木 そのタイミングは、誰が決めるんですか?
黒柳 ディレクターに相談せずに、出演者同士で、判断してましたね。
阿木 時間が余った時は?
黒柳 画面に「このまましばらくお待ちください」ってテロップが流れて、番組終了でした。
阿木 今では考えられないことだらけ(笑)。
黒柳 まったく(笑)。そういう時代だったんです。

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