対談詳細

艶もたけなわ
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渡部陽一 戦場カメラマン

2016年7月10日号

阿木燿子の艶もたけなわ 連載111

 空爆、銃撃戦、無差別自爆テロ......。世界各地で今もなお、さまざまな"戦争"が繰り広げられている。その戦火で犠牲を強いられるのは、常に子どもたちである。そうした惨状をウオッチし続けてきたのが、戦場カメラマンの渡部陽一さんだ。戦場に足を踏み入れたきっかけから現場での心得、そして将来の夢などを伺いました。

  •  ◇世界から紛争や衝突がなくなったら、"学校カメラマン"になりたいんです。
  •  ◇渡部さんが今のお仕事に就かれたのは、偶然ではなく、必然だったのでは?
  •  ◇言われてみて改めて振り返ると、それぞれの出来事が一本の線でつながりますね。

阿木 渡部さんは元々、カメラマン志望ではなかったとか?
渡部 幼い頃から釣りが大好きで、さかなクンのように、魚の生態系を研究する仕事に就きたいと思っていました。
阿木 それがなぜカメラマンに?
渡部 大学1年のとき、生物学の授業で、アフリカのザイール(現・コンゴ民主共和国)に、森の中で狩猟生活を送っているピグミー族という部族がいることを知ったことが、きっかけです。
阿木 魚とどう結び付いたんでしょうか?
渡部 いや、まったく関係なかったんですが(笑)、本当にいるのであれば、会ってお話を伺ってみたい。そう思ったんです。
阿木 それですぐ、行動に移された?
渡部 その旅費を稼ぐため、横浜港で、海外から届いたバナナの積み込みをする、日雇いの仕事をしました。段ボール一つが17~18キロあって、一本のコンテナに1200~1300箱を積み込んでいくんです。
阿木 相当な重労働。お若くても大変だったのでは?
渡部 はい。脱水症状になるので、コンテナの入り口に置いてある塩を舐(な)めながら、積み込んでいました。バイト代は日当だったので、私の貴重なライフラインでした。
阿木 アルバイトするにしても、なぜ、そんな大変な日雇いを?
渡部 最大の理由は、海外に行く期間、休むことができたからです。現場の親方に「この時期から何カ月、海外に行くので休ませてください。その代わり戻ったらまた頑張ります」って。
阿木 それで資金を貯(た)め、念願のアフリカへ行くことに。でも、途中で降り立ったインドで、とんでもない目に遭われたそうですね。
渡部 そうなんです。インドでは白タクに誘われるままに乗り込み、監禁され、おカネを取られてしまいました。
阿木 初めての海外旅行で、いきなりですね。
渡部 いや、もう本当に殺されるかと。今、冷静に振り返ると、運転手を蹴飛ばして逃げられたと思うんですが、当時は恐怖で思考が停止し一晩中、トイレの中で震えていました。
阿木 よくぞ、ご無事で(笑)。
渡部 そこで神様に、もう二度とこんな軽はずみな旅はしないって誓いを立てたんです。その後、何とか脱出できて、早朝の街角でチャイを飲んだんです。

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