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艶もたけなわ
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鈴木宗男 「新党大地」代表

2016年1月31日号

阿木燿子の艶もたけなわ 連載89


 中川一郎・元農林水産相(故人)の元秘書、鈴木宗男さんは、国会議員になってから北海道開発庁長官・沖縄開発庁長官などを歴任。しかし2002年、受託収賄・あっせん収賄などの容疑で起訴され、まさに"天国と地獄"の政治家人生を送っています。今なお熱い政治への心を持つ鈴木さんの強さのヒミツとは何か。阿木さんが迫ります。

 ◇私がヨン様の100分の1でも近い男前だったら、叩かれずに済んだのかも(笑)。
 ◇鈴木さんと松山千春さんの仲は、世間一般の友情の枠を超えていらっしゃる感じですよね。
 ◇いわゆる生涯の親友。心の友と書く"心友"。そしてアドバイザーであり、師匠なんです。


阿木 現在、鈴木さんが代表をなさっていらっしゃる「新党大地」、爽やかな党名ですね。
鈴木 歌手の松山千春さんが命名してくれたんです。北海道は広い大地です。松山さんの名曲の一つにも「大空と大地の中で」がありますしね。
阿木 鈴木さんと千春さんの仲は、世間一般の友情の枠を超えていらっしゃる感じですよね。千春さんは、鈴木さんの政治活動に関しても、いろいろアドバイスをなさるんですか?
鈴木 松山さんは私より7歳年下ですが、私にとって師匠ですね。
阿木 そのへんがとても不思議で。
鈴木 いわゆる生涯の親友。それも、心の友と書く"心友"です。そしてカウンセラーであり、アドバイザーであり、師匠なんです。
阿木 よほど深いご縁なんですね。高校の先輩後輩といっても、7歳違いだと、学校では会っていないわけですよね。
鈴木 松山さんのお父さんは、北海道の足寄で地元紙を出していて、町長批判をする気概を持っていらっしゃった方です。田舎ではなかなか理解されず、厳しい生活を送っていて、松山さんは手伝いをしていました。私もとても貧乏な暮らしの中で、人々の暮らしをよくしたい、今のままじゃダメだという思いがあり、お互い、反骨の精神は強くあったんですね。
阿木 あのー、お言葉を返すようですが、失礼ながら私たち国民目線で見ると、鈴木さんは反骨とか反権力というより、長く権力の中枢にいらっしゃった。それも、田中角栄元首相に代表されるような、利権政治家といった印象があったんですが......。
鈴木 ところが、そうじゃないんですよ。私は自民党の中でも反権力だったんです。小泉純一郎さんが首相になられてから、新自由主義で弱肉強食の世の中になった。そこで私は猛反発したんです。
阿木 そういえば当時、鈴木さんは抵抗勢力というレッテルを貼られて、新聞の見出しにもなりましたね。
鈴木 抵抗勢力の三羽ガラスで、1に鈴木宗男、2に野中広務先生、3に古賀誠先生と言われました(苦笑)。官房長官や幹事長を務めた先生より、私が常に一番手に挙げられていました(笑)。
阿木 不動の一番だったんですね(笑)。でも、新自由主義を進めた結果、地方の疲弊は著しいですよね。どこへ行ってもシャッター商店街が目に付いて。確かに、何かが間違っていますよね。
鈴木 バランスよく予算配分して、ボトムアップで日本をつくっていくことが大切だと思います。やはり、国民生活を守るのが一番の務めですからね。でもね阿木さん、私たち政治家の究極の目的は世界平和ですよ。ところがどうも今の政治家は、自分だけ良ければいいと、勘違いしている人が多い。
阿木 世界平和といえば、"日本のシンドラー"と称される杉原千畝(ちうね)さん(注)のことが今、新たに注目され、映画化されましたよね。杉原さんは先の大戦で6000人ものユダヤ人の避難民にビザを発給なさった。その杉原さんの"埋もれていた功績"に光を当て、名誉回復のために、鈴木さんはご尽力されたそうですね。
鈴木 平成3(1991)年、私は外務政務次官で、リトアニアなど3カ国と51年ぶりに外交を結ぶため、特使として行くことになったんです。ちょうどそのころ、杉原さんの奥様、幸子夫人の『六千人の命のビザ』という本を読んで感銘を受けたところだったんです。

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