対談詳細

艶もたけなわ
loading...

海老名香葉子 エッセイスト、作家

2015年11月22日号
"昭和の爆笑王"と呼ばれた噺家、初代・林家三平師匠の妻で、今も「おかみさん」と弟子たちから親しまれる海老名香葉子さん。周囲を温かく包み込むその笑顔が、人気の秘密かもしれない。しかし、その陰には、人知れぬ壮絶な苦労があったというのだ。家族への深い愛情と戦争に対する怒りと悲しみ─。阿木さんも涙した感動対談。

 ◇私が生きてこられたのは、母の「いつも笑顔でいてね」の言葉でした。
 ◇三平師匠がお亡くなりになったとき、正座なさったままだったそうですね。
 ◇窓から日差しがふわーっと差して、夫は「きれいだね」って。それで逝きました。


阿木 ご主人の先代・林家三平師匠は、"昭和の爆笑王"と呼ばれていらっしゃいましたよね。我が家では家族中がファンで、一家団欒(だんらん)の折にはテレビの前で皆、お腹(なか)が痛くなるほど笑わせていただいていました。
海老名 ありがとうございます。
阿木 独特なあのヘアスタイルと、「どうもすいません」と言ってゲンコツを額に当てるポーズがおかしくて(笑)。
海老名 あの髪の毛は、天然パーマなんですよ。
阿木 そうだったんですか。お二人はとても仲のいいご夫婦だったと伺っていますが、ご結婚直後は大変ご苦労なさったとか。
海老名 ここへ嫁に来て、3カ月で夫が大病し入院して、お金がなくなりました。というのも夜中に入院したものですから、特別室しか空いてなかったんです。先代が残した土地を売って、治療費を捻出しました。
阿木 新婚ホヤホヤの時期なのに。
海老名 病気が治ってからもまだ体が回復してませんから、半年ほどの間、義母と私とで内職をしていました。
阿木 何をなさっていたんですか。
海老名 子ども服のかがりやおもちゃの内職、万華鏡の中身を入れたりとかね。顔を真っ黒にして、家でやっていました。
阿木 海老名さんはお姑(しゆうとめ)さんととてもいい関係を築かれて、本当の母娘のように心を通わせていらしたとか?
海老名 そうですね。もう朝から晩まで一緒でしたからね。夫よりも一緒でしたから(笑)。
阿木 それに、息子さんのお嫁さんとも遠慮のない間柄でいらっしゃるなんて。そんなふうに嫁姑がうまくいくコツって何でしょうか。
海老名 私の実家も母と祖母が一緒に仲良くやっていました。それと同じように暮らしていけばいいんだという気持ちでした。
阿木 嫁姑のテーマだと思うのですが、お嫁さんの中には年1回ご主人の実家に行くのさえも嫌がる人もいるようで。友人とより、家族のコミュニケーションのほうが難しい時代になったというか......。
海老名 難しくも何ともないんですよ。私、平気で言うんですよ。「さっちゃん料理が下手ね」って。さっちゃんは次男のお嫁さん。すると、「そうですね」って。そうすることで覚えていきます。
阿木 言いたいことを率直に言い合えるって、いいですね。でも、そこまで心を開き合える家族はそうそういないみたいで。
海老名 私は気を使いません。頼りにはしてますけど。お嫁さんは私の相棒。私、働いてお金を稼ぐから、あなたは家のことをやってちょうだいねって。
阿木 そう言えるのはお嫁さんを信じていらっしゃるからですよね。
海老名 結婚前は「おばさま、こんにちは」「ごきげんよう」って言っていたのが30年たつと、「お母さん、ヒールの高い靴なんか履いたらダメよ! 転んだらもうダメよ! 一巻の終わりになっちゃうわよ!」って。随分変わったけど、うれしいですね(笑)。
阿木 口癖までうつった感じですね(笑)。孤独死とか、おひとりさまとか寂しい言葉を耳にすることが多い昨今ですが。

政治・社会

くらし・健康

国際

スポーツ・芸能

対談

  • 艶もたけなわ

    橋本マナミ 女優

    2017年6月18日号

    阿木燿子の艶もたけなわ 157   かつて、"愛人にしたい女性ナンバーワン"のキャッ...

コラム