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艶もたけなわ
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岩崎宏美 歌手

2015年10月25日号

阿木燿子の艶もたけなわ 連載76

 デビュー当時から抜群の歌唱力でファンを魅了し続けてきた岩崎宏美さん。その岩崎さんも今年でデビュー40周年。しかし、私生活では離婚を経験したり、声帯にポリープができて手術を受けたこともありました。決して順風満帆ではない波乱の軌跡について阿木さんが辿りました。お楽しみください。

 ◇来年は3ヵ月ほど休んで、今まで経験してきた面白いことを書きたいんです。
 ◇そんなに歌がお好きなのに、天職だと思うのに時間がかかったのは、なぜ?
 ◇声を出すのも嫌になって。立ち直って歌えるようになってそう思えるようになったんです。


阿木 宏美さんの歌を初めて耳にしたとき私、何て歌唱力のある新人さんなんだろうと驚いた記憶があるんです。でも、歌を天職だと感じるのに30年かかったとか。
岩崎 そうなんです。というのも、デビューしたてのころはクラブ活動の延長線のような感じでした。高校で同じクラスの森昌子さん、伊藤咲子さん、池上季実子さん、みんなそんなふうだったから、私も仕事というより、楽しんでいたイメージのほうが強かったですね。
阿木 でも、相当忙しかったでしょう?テレビの歌番組を掛け持ちして、レコーディングは夜中っていうのが多くなかったですか?当時のアイドルは、それこそ命を削るようなスケジュールでしたね。
岩崎 そうでした!私たちが朝から学校なのに、スタッフは夜型の人ばかりで(笑)。
阿木 辛(つら)いと思ったことはなかったの?
岩崎 はい、それはまったくなかったですね~。
阿木 心身ともにタフですね~。
岩崎 いえ、みんな忙しかったのは同じで、私はホント歌が好きで得意だったからだと思うんですよ。事務所の先輩の美代ちゃん(浅田美代子)は「宏美ちゃんと一緒は嫌だ~。宏美ちゃん、本気で歌っているんだもんッ」って(笑)。
阿木 美代ちゃんは宏美さんとはタイプが違って、歌のうまさをあまり求められていなかったから(笑)。あのころは、どのレコード会社にもアイドルがいて、新人賞を競い合っていた感じですよね。そんなに歌がお好きなのに、天職だと思うのに時間がかかったのは、なぜ?
岩崎 歌を一度離れて戻ってきたとき、声帯を傷つけてポリープができてしまったんです。それを隠し続け、ごまかしながら歌っていたら、神戸でのコンサートで"あること"が起きてしまって......。
阿木 まさか、声が出なくなるとか?
岩崎 そうなんです。始まる前から首がパンパンに腫れ上がっていて。オープニングを何とか歌った後、「きょうはようこそ、いらっしゃいました。皆さま、こんばんは」と挨拶(あいさつ)した声がガラガラで、客席がドーンと後ろに下がっていくように見えたんです。
阿木 そういう感覚って心の中に残ってしまいますね。
岩崎 そう。お客様がひそひそ話をしているみたいに見えちゃって、「もう歌えない」って。そのコンサートは2部構成で、1部が終わって休憩中、会場で待機してもらっていたドクターに「もうできません」って。でも、私はそこで中止したと思っていたら、観に来てくれたファンから「最後までやりましたよ」と聞かされ、えッ!そうなんだって。
阿木 その瞬間、記憶が飛んで頭が真っ白になった感じなのね。歌手として最大の試練の時でしたね。
岩崎 本当にそうでした。当時、さだまさしさんが作ってくださった「夢」((注1))という曲をシングルで歌っていたんです。
阿木 宏美さんは、さださんの大ファンなんですよね。
岩崎 そうなんです(笑)。まさしに電話で手術することを伝えたら、「今までずっと休まずに歌い続けてきて、これからも歌うために神様が与えてくれたものだから、安心して手術を受けたほうがいいよ」って。その一言で、まさしは私の生き神様になりました(笑)。

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