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艶もたけなわ
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由紀さおり 歌手

2015年9月 6日号

阿木燿子の艶もたけなわ 連載70

 童謡を子どもから大人まで"鑑賞できる音楽"に昇華させ、日本の歌謡曲を世界に通用するナンバーに引き上げた由紀さおりさん。デビュー45周年の昨年は、原点回帰とばかりに歌謡曲のカバー集を発表し、今年も第2弾とともに五木ひろしさんとの舞台にも挑む。今なお、精力的に活動を続ける由紀さんの素顔に阿木さんが迫ります。

 ◇私はマイクをこよなく愛し、日本語の美しさ、響き、ニュアンスを伝えたい。
 ◇やはり、昭和の名曲はいいですね。それも由紀さんが歌われると、なおさら。
 ◇骨格がしっかりしてて、情景がくっきりと浮かび上がる。世界がはっきりとしています。


阿木 由紀さんは、「ひばり児童合唱団」のご出身ですよね。最初はお姉さま(声楽家・安田祥子さん)に付いていったのがきっかけだとか?
由紀 そう、まだ3歳くらいだった私は留守番ができなくて母に付いていって、周りでチョロチョロ(笑)。お稽古(けいこ)場で私は聴いているから、家で歌うわけ。それで先生から一緒にやってみたら、と言われたんです。
阿木 その頃からお姉さまとご一緒にステージに上っていらっしゃったんですか。
由紀 小学校へあがった頃からです。私たちの当時の仕事場所は、デパートの屋上とか遊園地の野外ステージとか。レコーディングもしたけど、私はお客さんがいる場所で歌うのが好きでした。母はその辺をよく心得ていて、姉は端正に歌い、私は扮装(ふんそう)させられて歌っていました(笑)。たとえば、「おたまじゃくしはカエルの子」を歌う場合、母があらかじめ黒い着ぐるみのような洋服を作っていて。黒い毛糸の帽子みたいな、ボンボリがついているような(笑)。で、踊りながら歌うと、まあ、ウケる(笑)。それがまた、うれしいの。
阿木 そうは言っても、幼な心に正統派のお姉さまの横で、「何で私が」と、思われたりは?
由紀 ありましたよ~。当時から姉は童謡歌手のスターで、周りからは褒めまくられていましたから。私のことは見向きもされない。たまに、私が「わたしはどう?」って聞くと、皆一瞬、ハッと怯(ひる)んで間があくの。
阿木 子どもって大人が思うより敏感で、その場の雰囲気を感じ取って傷ついたりするものですよね。
由紀 そうなの。皆、しばらく考えた後、「味がある声かな~」なんて言う。
阿木 味がある声って言われても、幼い身にはどう受け止めていいのかわからない。
由紀 童謡歌手の声は、割と金属的でピーンと張る声が主流でしたが、私は当時からハスキーボイスだったの。
阿木 それじゃ周囲の大人たちも"味がある声"って言うしかないかも(笑)。
由紀 声の質はまったく違っていたから、小さい頃から私は、姉のようには歌えないと思っていました。マイクなしで奇麗な響きの声を会場の隅々まで届かせる、それが姉の世界観だとすると、私はマイクをこよなく愛し、このマイクで日本語の言葉の美しさ、響き、ニュアンスを伝えたいと思ってやってきました。
阿木 由紀さんは童謡はもちろん、演歌からジャズ、クラシックと歌のジャンルが幅広いでしょう? でも、どんな曲を歌われても歌詞がはっきり聞こえて、日本語の発音がきれいだなって常々感じていて。数年前、毎日新聞社主催の交通遺児を支援するコンサートで、由紀さんにゲスト出演していただいたんですが、傷ついた遺児たちの心に寄り添える歌を歌ってくださるのは、由紀さんしかいないと思ったんです。あの時、舞台の袖で感じたのは、子どもの頃に聴いた童謡がちょっと違って聞こえて。「月の砂漠」「ふるさと」にしても、この年齢になるとただ懐かしいだけではなく、歌詞がしみじみ心に響いてくるんですね。

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