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艶もたけなわ
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東海林のり子 リポーター

2015年8月 9日号
 戦後の大事件を数多く取材してきた東海林のり子さん。しかし、まだ取材現場に女性が数少なかった時代。持ち前のプラス思考と明るさ、そして女性ならではの目線で何度も困難な局面を打破してきました。その源泉は"家族の愛"でした。
 女性リポーターのパイオニア、東海林さんの半生を阿木さんがくまなく引き出します。

 ◇「たくさんの愛情を受けていれば犯罪に手を染めない」。これは私の持論です。
 ◇報道の現場って、男社会。足を踏み入れる際には、かなりご苦労があったのでは?
 ◇母親の気持ちは共感でき、相手に寄り添い、失礼なインタビューは避けてきました。


阿木 先日、東京から静岡に行くのに新幹線放火事件の影響を受けて6時間もかかってしまいました。その車中で、東海林さんだったらどんなリポートをなさるだろうかなどと、考えておりました。
東海林 乗り合わせていたら、きっと私も逃げ出しましたよ(笑)。
阿木 東海林さんといえば、芸能リポーターの梨元勝さんの「恐縮です!」とともに、「現場から東海林がお伝えしました」というフレーズが印象的です。
東海林 実は、実際のリポートで言ったことはないんです。あれは、バラエティー番組でやった"架空の現場"からの一コマです(笑)。
阿木 そうなんですか!
東海林 バラエティー番組からオファーがあって、こちらは実際の現場で真剣勝負をしているので躊躇(ちゆうちよ)していたら、ワイドショーのプロデューサーが「やってみたら」と言ったので出る羽目に(笑)。そうしたら、そのイメージが強くついたみたいです(笑)。
阿木 そうとは知らず、失礼しました(笑)。しかし、東海林さんはこれまでさまざまな事件や事故の現場でリポーターをなさっていらっしゃいましたよね。今年、フジテレビの「新報道2001」にご出演なさっているのを拝見したら、改めて戦後の大きな事件に数多く関わっていらっしゃったんだな、と感じました。当時の映像を観て気づいたのですが、昔は事件現場のかなりぎりぎりのところまで取材陣が行けたんですね。
東海林 そうですね。とにかく現場を目指して、早いときはまだ規制線が張られていない中、警官が制止するのも聞かずにどんどん入っていったりしました(笑)。
阿木 それって度胸がいりますね。押しが強くないとできない(笑)。
東海林 今はネットを通じてすぐに現場がわかってしまいますが、昔は通信社の第一報で動くだけで正確な場所がわからないままでした。だからまず、現場に辿(たど)り着くことが大切な時代だったんです。
阿木 ホテルニュージャパンの火災現((注1))場の映像では、被災者に寄り添っていらっしゃる東海林さんの姿が印象的でした。しかし、報道の現場って、男社会ですよね。足を踏み入れる際には、かなりご苦労があったのでは?
東海林 そうですね。現場に行くと、おっしゃる通り報道記者は皆、男性でした。大体、1カ所に集まっていて、一斉に私のほうを振り向き、「あんなヤツに取材できるわけがない」という目をするんです。
阿木 女性なんか、ってことですよね。
東海林 たとえば、私が彼らのほうに行き、「何か教えてください」と言っても、"絶対に教えないオーラ"をぷんぷん撒(ま)き散らしていたものです(笑)。
阿木 いくつもの修羅場を潜ってきた中で、男性記者が「一緒に取材をさせてください」と頭を下げてきたことがあったとか。

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