対談詳細

艶もたけなわ
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かとうかず子 女優

2015年7月12日号

阿木燿子の艶もたけなわ

 女優、コメンテーターなど幅広い活動を展開している、かとうさん。そのかとうさんがデビューするきっかけは、阿木さんに会うためだったという。しかも、かとうさんが出演して話題となったCMは、阿木さんのアドバイスだったとか。かとうさんと阿木さんにまつわる"秘話"の数々に、対談の時間は瞬く間に過ぎていきました。

 ◇朗読劇「この子たちの夏」は、「自分じゃない何かが読む」感覚です。
 ◇"あの方"の「君と髪の毛は失いたくない」という言葉がマスコミを賑わせましたが。
 ◇あれはネタです(笑)。いろいろ言われていますがほとんど事実ではないですよ(笑)。

かとう 阿木さんにお目にかかるの、37年ぶりですね(笑)。
阿木 わっ、そんなにたつなんて! 私、舞台「サロメ」((注1))のオーディションのときのかとうさんのこと、今でも鮮明に覚えているんですよ。
かとう 当時、私は何も知らない女子大生。皆、何かしらお芝居の経験がある人たちで、私だけすごく場違いな感じがしていました。
阿木 何て言ったらいいのかしら。不思議な存在感があって。オーディションなのに受け答えが斜め45度を向いているみたいで。でも、とてもキラキラしていましたよ。
かとう ホント、お芝居を観たこともない、ダンスもしたことがない。ド素人でしたからね。
阿木 古いインタビュー記事の中に「オーディションを受けようと思ったのは、阿木燿子さんに会いたかったから」と答えてくださっていたのを見つけて、うれしいやら照れくさいやら(笑)。
かとう そうなんですよ! 当時流行(はや)っていた女性誌に、つかこうへい演出、阿木燿子脚本の舞台オーディションの記事が載っていました。私はつかこうへいさんのことを知らず、純粋に阿木さんに会いたいと思って応募したんです。
阿木 あの頃、世間はちょっとした"つかこうへいブーム"。かなり注目されていたのに......。
かとう 私、演劇を観たことがありませんでしたから。でも、阿木さんは"大人の女性"というイメージがあって、憧れだったんです。ダウン・タウン・ブギウギ・バンドも高校生の頃に流行っていたし、山口百恵さんの曲もインパクトがあって、そう思ったんです。
阿木 素直に、ありがとう(笑)。あのとき審査員の中では、「かとうさんは主役のサロメの雰囲気じゃないけど、何か持っている」というのが一致した意見だったの。しっとりとした感じの蜷川有紀さん、若さ溢(あふ)れる熊谷真実さんという個性的なお2人と並んでもかとうさんは異質で、人間離れした(笑)、妖精のようなイメージがあったの。たしか水着審査のとき、黒のニットのワンピース型で、ウエスト部分がかぎ編みの水着を着ていたでしょう。ウエストラインがすごくキレイだなって。
かとう 痩せていましたからね、若い頃は(笑)。それでは阿木さん、覚えてらっしゃいますか?(笑)最終選考に残った何人かで中国飯店で食事をしたんです。阿木さんがいらっしゃって、辣腕(らつわん)音楽プロデューサーの酒井政利さんもいらっしゃって。
阿木 そうでしたっけ?
かとう そう、丸テーブルで。そのとき、阿木さんは何と言ったか。
阿木 何て言ったの?(笑)
かとう すごく覚えているんですよ。(阿木さんをマネて小声で)「かとうさん、神様って信じる?」って(笑)。あのとき私は19歳で、なんで大人の人が神様って言うんだろうって。女性の情感を激しい詞で表現する"あの阿木さん"が神様って言う。そのギャップが驚きで、新鮮。私には阿木さんのほうこそ妖精に見えましたよ(笑)。
阿木 いやだ、そんなこと言ったの(笑)。実は私、40年以上この仕事をしてきて、たった一度だけ途中降板したのが、「サロメ」でした。つかさんとはそれまで仲の良い友達でしたが、仕事で組むんじゃなかったなって。それも脚本家としてね。つかさんって、他人の脚本で演出する人じゃないって。ある日、稽古(けいこ)場に行ってみたら、その場で思いついた科白(せりふ)を役者さんたちに口頭で伝えていて、私が書いた脚本は床に放り投げられたまま。それで大ゲンカになって降りたんです。今でも残念で、悔いが残っています。
かとう 私も残念でした。

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