対談詳細

艶もたけなわ
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松本栄文 佐原茶寮「花冠」主人・食品学者

2015年7月 5日号

阿木燿子の艶もたけなわ 

 6月9日、中国・山東省煙台で"料理本のアカデミー賞"と呼ばれる「グルマン世界料理本大賞」が開かれ、最高位に日本の『日本料理と天皇』が受賞。著者の松本栄文さんは、料理人にして食品学者。しかも、古くから続く"やんごとなき家柄"の当主という。悠久の時間と知識が織りなす摩訶不思議な"松本ワールド"、お楽しみください。

  •  11月23日の新嘗祭で新米を解禁すれば、"新米のヌーボー"現象が起きますよ。
  •  今の日本人は獅子舞に価値を置かず、ゆるキャラのほうが可愛いって言う。
  •  私は海外で「日本人とは何ですか」と聞かれると、「和える民族です」と答えます。

阿木 松本さんは、旧藤原摂関家の流れを継ぐお一人でいらっしゃるそうで。
松本 うちは没落して没落して没落して......今がありますので。
阿木 かなり没落していますね。陥没ですね(笑)。
松本 まず源さんの頼朝にやられましたでしょう。
阿木 それって源平合戦ですか?
松本 そうです。源さんにやられて、一族は近衞家と九条家に分裂してしまい、それから足利さんのお家問題から始まった応仁の乱がございましたでしょう。
阿木 ずいぶん遡(さかのぼ)りますね(笑)。
松本 その後、(織田)信長さんが整えられて、(豊臣)秀吉さんがいらして何とかなりましたけど。明治2(1869)年は御上の行幸に合わせて東(あずま)に来ましたでしょう。そして戦後でしょう。さらにリーマン・ショックでしょう......。
阿木 急に現代になりましたね(笑)。松本さんって、不思議な方ですね。何だかすっかり煙に巻かれそうで(笑)。
松本 そんなことはありません(笑)。よろしくおたの申します。
阿木 こちらこそ。松本さんは食品学者でいらっしゃいますよね。その一方で、「花冠(はなかんむり)」というお店の主人もなさっていらっしゃる。作るほうにもご興味があったんですか?
松本 元々、料理人です。子どものころから料理が好きで、小学生でいろいろな料理コンクールに出て優勝したりしました。高校は料理の専門学校に行きました。
阿木 幼いころから料理がお好きだったんですね。好きが高じて、大学では食品科学を専攻なさって。
松本 料理人をしているうちに、さまざまな疑問が湧き出てきました。たとえば、お肉を焼くとなぜ赤が茶色になるの? 焦げるって何? って(笑)。
阿木 あらっ、だってお肉って、火が通ったら茶色くなるのが自然でしょう。
松本 まさに食品科学の領域ですよね。いろんなことが気になったらじっとしていられなくなっちゃうんです。そこで、レストランの契約社員として働きながら、大学に通ったんです。働いたのは貧しいからではなく、現場が好きだったからで、大学には知的好奇心として進んだわけです。
阿木 「料理人になりたい」という松本さんの希望に、やんごとなき家柄のご両親は、何かおっしゃいました?
松本 どんどんやりなさい、と。何の疑いもなく(笑)。
阿木 理解のあるご両親で良かったですね。さて、このたびは松本さんのご著書が"料理本のアカデミー賞"と呼ばれる「グルマン世界料理本大賞」の最高位「殿堂」を受賞したそうですね。おめでとうございます。
松本 ありがとうございます。今年20周年を迎える世界大賞で、「殿堂」受賞は私を含め13人だけです。過去に日本人では『神の雫(しずく)』((注1))というソムリエを描いた漫画のフランス語版が2009年に受賞しています。日本国内の出版社から刊行したものでは初となるそうです。しかし私の場合、お米とお餅の話しか書いていないんですけど(笑)。
阿木 拝見すると、文章も写真も高潔、なおかつ内容は濃密。しかも、私たち日本人が知らないことがぎっしり詰まっていて、カルチャーショックに近い感じを受けました。たとえば、お米とのかかわりでいえば、『古事記』の天岩戸(あまのいわと)まで遡るのが面白くて。それに言葉に対しても独特の感性をお持ちで、「お米は神様の涙」というフレーズに、なるほどと思いました。
松本 もう一つ言うなら、「小豆は神様の鼻血」ですけどね(笑)。
阿木 それもありましたね。このご本は食を語りながら言葉を語り、言葉を語りながら文化を語っていらっしゃる。ところが今の日本を見渡すと、四季が曖昧になって、それにまつわる言葉が失われつつあって、それに伴って文化が危うくなっていますよね。
松本 日本の美意識は、目の前にあるもので見せるのではなく感受性をもって見せるものが多かったのですが、最近はインパクト勝負ばかりになっているように感じます。
阿木 キャッチーな言葉を使って、ですよね。
松本たとえば、伝統工芸展などに伺いますと、展示会ですから奇抜なものが多い。人間国宝の先生方は"この技術"が評価されているのに、封印して新たなものを作らなければ、というプレッシャーを負っている方がいらっしゃいます。この傾向は邪道の方向に進みます。着物一つとっても、浴衣なのかお召しなのか境界線が分からないものばかり。
阿木 イベント化すると集客を考えなくてはいけなくなるので、ついお客さんにおもねってしまう。それで「ゆるキャラ」を投入しよう、みたいな安易な考えが出てくる。
松本 ゆるキャラのような、ブサイクなものが大嫌いです。池に浮いた、余ったパンの耳のようなふやけたキャラクターはホント嫌い。
阿木 なんとユニークな表現(笑)。
松本 池が汚れるだけという意味です(笑)。可愛くもないし。
阿木 先日、あるパーティーに出席したら、最後に獅子舞が登場したんです。そのとき、獅子舞とゆるキャラの差って何だろうって考えたんですけど、決定的な違いは、そこに「祈り」が存在するかどうかかなって。獅子舞は五穀豊穣(ほうじよう)や家内安全などの人々の祈りが込められているでしょ。その一方、ゆるキャラにはそういった要素が入りようがない。だけど今の日本人は獅子舞に価値を置かないで、ゆるキャラのほうが可愛いって言う。感性として幼すぎやしないかと。
松本 13年に和食が世界遺産((注2))になりましたけど、和食の「和」の考え方が、明治以前と以降で間違った解釈のまま今日まできているので和の捉え方が大きく変わってしまっています。
阿木 和食が世界遺産になって、さらに「和」の意味合いが広範囲になりましたよね。日本料理だと定義がかなり限定されますが、和食ならたこ焼きでもお母さんが作ったハンバーグでも入る。カレーライスだってインドのカレーとは違う。松本さんはご本の最後のほうに、「和食とは舶来物を日本的にしつらえ直したものだ」と、お書きになっていらっしゃいますね。
松本 そもそも「和」という言葉自体が融和させる意味を持っています。異なる文化を「和(あ)える」ということです。私は海外で「日本人とは何ですか」と聞かれると、「和える民族です」と答えます。世界では、異なる文化が来たらまず否定します。ところが日本は取り入れてしまう。この原点は、飛鳥時代にまで遡ります。このとき、「大和」という言葉を使い始めたことが、日本人特有の価値観です。大和は「大きな和」、大きな和をもって融和する国家、国体だということを示しています。ところが明治以降、なぜか「和」は一昔前のもの、古いものを指すときに使うものになってしまいました。
阿木 それって、すごく残念なことですよね。でも、中にはいまだに息づく和と洋の中間みたいなものがある。すき焼きは顕著な例で、文明開化の象徴ですよね。要するに、西洋の食文化の影響を受けた和食。家庭料理でもあり外食のご馳走(ちそう)でもあって、今や日本人にもっとも愛されるお料理の一つになっていますよね。ところで、元々日本人は肉食だったとか。

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