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僕が遺言動画サービスを始めたワケ ロンブー・田村淳が考える〝多様な最期〟

2020年10月25日号

きっかけは今夏逝った母の言葉

 テレビやラジオでおなじみ、「ロンドンブーツ1号2号」の田村淳さんが「遺書」を動画で残すサービスを始めた。バラエティーの世界のイメージとは程遠いとも言える、「死」に対する試みに乗り出した背景や思いとは......。淳さんに尋ねた。

〈この世から、心のこりをなくしたい。〉

 10月上旬のある日、淳さんが発案し、8月から始めた遺書動画サービス「ITAKOTO(イタコト)」のホームページを開くと、トップページに冒頭の言葉が記されていた。画面では相方の田村亮さんが笑顔で、こちらも笑顔の淳さんの〝遺影〟を抱いている。

 ITAKOTOは、淳さんがCEO(最高経営責任者)を務めるIT企業が提供している。スマートフォンの専用アプリを使い、家族や友人ら対象者に言い残したいメッセージを録画。発行される動画閲覧用のインターネットのアドレスを対象者に伝える仕組みになっている。無料体験プランほか、収録できる動画の本数に応じて3種類の有料プランがある。

 長寿バラエティー番組「ロンドンハーツ」や、泥だらけになって外来種などと格闘する「池の水ぜんぶ抜く大作戦」。お茶の間に笑いや驚きを届ける淳さんの姿から、死後のために残す遺書や遺言(ゆいごん)の事業に取り組むのは、意外に思う人も多いだろう。

 淳さんが死について考え、サービスを発案した背景の一つには、今夏、がんで亡くなった母久仁子さんの存在があった。淳さんは久仁子さんが生前繰り返した「要望」を振り返る。

「僕が成人した時に、母ちゃんから『私に、もし何かあっても延命治療をしないでね』と言われました。それからは毎年、母ちゃんの誕生日を祝うと、『ありがとう』という言葉と一緒に、『延命措置をしないでね』と返事がありました。その後、母ちゃんががんを患い、余命いくばくかとなった際は、無理な措置はしませんでした。もちろん別れは辛(つら)かったですが、母ちゃんの一貫した意志を尊重できたと思います」

 久仁子さんが亡くなる四半世紀も前から、伝え続けた「最期」の希望。淳さんは当初ピンとこず、母の言葉を聞き流していた。しかし、4年前に長女を授かった頃から、自身の意識に変化を感じたそうだ。

「親になって死を深く考えるようになりました。娘に自分の気持ちをきちんと残しておきたいと思うと、死ぬ間際ではない。残すなら、母ちゃんのように若くて、元気な時の方がいいと思うようになった。それで、娘への遺書を実際に自分で書いてみると、気づくことが多くありました。遺書は他人のために書くものだと思っていましたが、でき上がった文面には、自分がずっと大切にしていることや、望んでいる生き方が反映されていました」

 遺書に対し、これまでのイメージとは違った側面を感じ、興味を引かれた淳さん。遺書や死と向き合うことについて、さらに理解を深めようと2019年、慶應義塾大大学院メディアデザイン研究科(横浜市)に入学して研究を始めた。

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