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自覚なき家庭内暴力 DV老人という病理

2019年5月 5日号

ザ・ルポルタージュ

 夫婦や恋人など親密な関係の中であらゆる"力"を使い、自分の思い通りに相手を動かそうとするドメスティックバイオレンス。いわゆる「DV」には被害者と加害者がいる。高齢世帯が増える中、「力の支配」に長年気づけないまま時代を生きてきた「DV老人」―。

 4月中旬。東京簡易裁判所の法廷で、上下灰色のスエット姿の男(51)が裁判官を前に、こう述べた。
「深く深く反省し、二度と同じ過ちを犯さないことを誓います」
 無職の男は生活保護を受け、東京都内のアパートで80歳の母と二人で暮らしていた。事件が起きたのは今年2月。男は母の顔面を複数回殴打し、全治2週間のけがを負わせたとして、傷害罪に問われたのだ。男は法廷で、こう釈明した。
「手のひらで顔面をぶちました。母が認知症で、開封してあるパンがあるのに、買ってきたばかりのものを片っ端から封を開けたのに腹が立って......」
 息子の暴力から逃げるようにアパートを飛び出した母は、徘徊(はいかい)しているところを警察に保護されたのだ。これまで生活保護費は母名義の口座に振り込まれてきた。男には母の行き先は知らされていないという。
 国民の4人に1人が65歳以上の高齢者という時代を迎えた中、高齢者への虐待はどこで起きているのか。
 厚生労働省が3月に公表した2017年度の調査結果によると、介護職員による65歳以上の高齢者への虐待は510件(前年度比58件増)だった。一方で、家族や親族による虐待は1万7078件(同694件増)と、介護職員による虐待の約33倍で、その被害者は女性が7割を占める。加害者は息子が40・3%と最も多く、夫が21・1%、娘17・4%、妻6・4%と続く。しかも、虐待発覚後の対応策として、被害者と加害者が別居していない事例が半数近くあるというのだ。
 家庭内の高齢者虐待で2番目に多い夫から妻への暴力。これは、高齢者間のDVではないのか。
「DV被害者というと、幼い子どもを連れて家を出る若い女性をイメージする人が多いでしょう。30歳の夫が25歳の妻に暴力を振るったらDVと判断されやすいが、85歳の夫が80歳の妻に暴力を振るったら老老介護に疲れ果てて、と同情する人がいるかもしれません」
 そう指摘するのは、淑徳大短期大学部の非常勤講師で、社会福祉士の勝亦(かつまた)麻子さん(42)。大学院時代から約10年、「高齢者のDV問題」を研究し続けている。
「DV相談員をしていた当時、なぜか高齢者からの相談が少なかったのです。高齢者施設の相談員もしましたが、夫婦間の暴力の原因は介護疲れと捉える傾向があり、高齢のDV被害者が忘れられた存在になっているのではないか」
 そう疑問に感じた勝亦さんは10年、全国の地域包括支援センターを対象に高齢者DVに関するアンケート調査を実施した。その結果、女性被害者の53・6%、男性被害者の35・2%が、65歳になる前から継続してDVを受けていたことが分かったのだ。
「女性被害者の半数以上がDVを受け続け、男性被害者の2割がパートナーからの"復讐(ふくしゅう)"によるDVでした。長期間にわたるDVは、高齢になるにつれて身体的暴力や性的暴力の頻度が減り、精神的暴力が増える傾向が見られました」
 そう解説する勝亦さんが、"DVの長期化"についてこう懸念する。
「子への悪影響があります。高齢の親と子の関係が悪化すると、子から親への虐待に発展するなど、高齢DV被害者は配偶者と子から二重に被害を受けている可能性も考えられます」

 ◇DV加害者更生のあり方とは...

 親から子へ、まさに暴力の連鎖である。法廷では明らかにならなかったが、冒頭の傷害事件もその可能性はゼロではない。では、そもそもDVとは何か。DVのない社会を目指し、被害女性とその子どもの支援にとどまらず、加害者更生教育にも取り組むNPO「アウェア」事務局長の吉祥眞佐緒(よしざきまさお)さん(49)が説明する。

「DVの本質は『力と支配』です。相手を力で支配する、つまり自分の思い通りに相手を動かすこと。その手段として暴力を含めた"力"を選択しますが、この"力"にはいろいろあります。殴る、蹴るなど身体への暴力だけではありません」
 アウェアによると、DVの"力"には次のようなものがある。
〈言葉の暴力〉
 相手に向かってバカにした言葉や汚い言葉を言う、欠点をあげつらったり否定的なことを言う、怒鳴る。
〈身体的暴力〉
 相手に向かって物を投げる、唾を吐きかける、噛(か)みつく、蹴る、髪の毛をつかんで引っ張る、平手で顔をたたく、げんこつで殴る。
〈精神的暴力〉
 不機嫌になったりむっつりしたりする、相手をダメな人間だと思わせる、無視する、びくびくさせる。
〈性的な暴力〉
 セックスを無理強いする、避妊に協力しない。
〈経済的に締め付ける力〉
 家計の管理を独占する、十分な家計費を与えない、お金が必要なときは自分の許可を取らせる。
〈子どもを使った暴力〉
 子どものことはすべてお前の責任だと言って責める、子どもの前で相手をバカにする、相手への復讐として子どもを虐待する。
 細かく列挙すれば、まだまだあるのだが、被害者も加害者も何がDVかわかっていないケースも見受けられるというのだ。
「『グー』で殴るとDVだが、『パー』(平手)はDVじゃないと言う人もいます。身体でも心でもパートナーに対して、痛くて、つらくて、みじめで、悲しい思いをさせることは何か。想像して考えてもらいたい。DVは、人としての尊厳まで奪ってしまう恐ろしい行為です」(吉祥さん)
 警察庁は3月、配偶者などパートナーからのDV被害について、昨年1年間に全国で7万7482件把握したと発表した。前年より5027件増えてDV防止法施行後最多で、相談件数は年々増加している(上のグラフ)。01年に同法が施行され、配偶者暴力相談支援センターが全国にできた。警察も摘発に力を入れている。
「『以前は警察は来なかったのに今回逮捕されたのは何でだ』と憤る加害男性もいます。これまでは被害者支援が中心で、加害者への処罰や更生は義務化されていないのが現状です。家族だからと妻が被害届を出さず、逮捕されたとしても短時間の取り調べで出てきたりします」
 そう話す吉祥さんが所属するアウェアでは、加害者の更生プログラムを実施している。DVで逮捕された後、裁判所命令で更生プログラムの受講が義務づけられている米カリフォルニア州の取り組みをモデルに、週1回、2時間のプログラムを最低52回受けるというものだ。費用は1回3000円で、加害者同士が自分の暴力を振り返るグループワークが中心という。
「最近は高齢加害者の参加が増えています。男は外で仕事をバリバリすればいいと頑張ってきた団塊世代の男性は、老後を一人で暮らすのが不安なのでしょう。妻から言われ、最初は嫌々来る人がほとんどです」(吉祥さん)
 定年退職をきっかけに、妻から長年のDVを理由に離婚を迫られた。子どもが母に父からのDVから逃げるようアドバイスした。きっかけはさまざまだが、現在、加害者更生プログラムに参加している最高齢は76歳で、60代以上のグループができる勢いという。

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