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「平成政治史」を点検する 従米構造を深化させた30年――改革の志はどこへ

2019年4月14日号

倉重篤郎のニュース最前線
 ◇オンリー・イエスタデイ平成...

 ◇細川護熙・元首相、田中秀征・元経企庁長官、寺島実郎・日本総研会

長、田中均・元外務審議官、金子勝・慶應大名誉教授  

冷戦終結とともに、グローバルな平和と発展を夢見てスタートしたはずの平成政治は、なぜ今日の惨状に至ったのか。従米軍拡路線、アベノミクスの罪、忖度を生んだ専制政治、歴史認識問題の再燃......などにつき、この30年を牽引した政治リーダーと論客が徹底分析。倉重篤郎が迫る。

 新元号が発表され平成もあとわずかになった。本欄でも平成とはどういう時代だったのか、を考えたい。
 明治、大正、昭和と異なる最大の特徴は、天皇が2018年12月23日の記者会見で述べられた通りだ。「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」。国民の共通の思いであろう。
 戦争を起こさない、ということが戦後日本政治の最大の眼目であったことからすると、政治がそれなりの責任を果たしたことになる。憲法9条の非戦規範力、日米安保体制の現実的抑止力、何よりも二度と戦争はすまいという国民世論の力によるものであろう。
 それはそれで誇るべきことだ。だが、平成政治の検証をそれで終わらせるわけにはいかない。以下四つの物差しで測ってみる。一つは、政治の意思決定システムの改善。二つに外交安保政策における対米従属性の解消。三つに経済財政政策の持続可能化。四つ目に歴史認識の適正維持である。
 第一の論点では、衆院の選挙制度を中選挙区制度から小選挙区比例代表並立制に変更するという改革が行われた。改革の狙いは悪(あ)しき派閥政治の解体であった。派閥を維持、拡大するがゆえに異常にカネのかかる政治を根絶、派閥領袖(りょうしゅう)に分与されていた人事権、公認権を一元化することによって首相権力を強化しようという改革であった。選挙区の当選者をゼロか1かにデジタル化し小さな民意の変化を極大化、昨日の与党がちょっとした風向きの変化で明日の野党に転落する、という新しい意思決定システムの導入だった。
 それなりの改善効果はあった。政治にカネがかからなくなった。首相が決めているように見えて実は最大派閥領袖が決定権を持っていた、といった権力の二重構造がなくなった。本格的政権交代も複数回あった。
 だが、今となってはそれを上回る負の側面があったことを認めざるを得ない。それは何よりも貴重な政治エネルギーの浪費であった。たかが、とあえて言おう。選挙制度変更に7年の歳月を費やし、二つの(海部俊樹、宮澤喜一)政権をつぶし、細川護熙非自民連立政権の誕生でようやく成就した。世界政治の枠組みが根底から覆る重要な時期に日本の政治が本来取り組む課題に、注力できなかった、という喪失感があるのだ。

 ◇混迷し液状化する平成政治  

この思いは私だけではない。その連立政権の中枢にいた田中秀征元経企庁長官が以下振り返る。

「強烈に思うのはポスト冷戦史としての平成だ。冷戦が終わったということに日本も世界もうまく対応できなかった。冷戦の檻(おり)に2匹の猛獣が閉じ込められていた。1匹はナショナリズム、もう1匹はグローバリゼーションだ。冷戦崩壊によって解き放たれた2匹をうまくコントロールする力を持てなかった」
「ポスト冷戦で、これからの国連は紛争を扱う安全保障理事会より、経済や社会問題全般に対し議決や勧告をする経済社会理事会の地位を強化、食糧、環境、人口問題をグローバルに考える中枢機能を作るべきだという問題意識があった。本来その分野でリーダーシップを取るべき日本が動かなかった。日本は、この一番大事な時期に選挙制度改革というとんでもないお門違いのものに熱狂してしまった。日本の内外が冷戦後の新秩序に向け音を立てて変化しているのに、何ともとぼけたことにかまけていた」
 その渦中にあった者でなければ言えない悔恨の念であろう。衆院の選挙制度変更で政治全体が改革されると勘違いした。そのことに疲れ果て、参院の選挙制度改革、国会改革、行政改革など二の矢、三の矢をつげなかった。このへんは寺島実郎日本総研会長(多摩大学長)が手厳しい。改革論議がまがい物でしかなかった、という指摘である。
 曰(いわ)く。「選挙制度を中選挙区から小選挙区主体へと変更するのを政治改革と言ってしまった。本来は戦後民主主義を作り上げてきた代議制民主主義の根幹を問うべきであった。政治の質を高めるために国会議員を思い切って削減し、政治で飯を食うという立場に緊張感を持たせ、間延びした日本の代議制民主主義を活性化すべきであった」
「次に行政改革がきた。橋本龍太郎政権で省庁再編に取り組んだが、単に省の数を減らしてみせただけに終わり、本来の目的であった行政の圧縮、効率化にはつながらなかった。小泉純一郎政権では道路公団、郵政事業の民営化改革が行われたが、新自由主義の空回りと化し、本質的改革とはならなかった。ベターだったかもしれないがマストの改革とはならなかった」
「官僚主導から政治主導という幻想もあった。いわゆる『決められない政治』を是正するために内閣法を改正して、首相官邸の官僚に対する人事権を強化したが、現実に行き着いたのは、皮肉にも官邸主導という名の『専制体制』だった。そのことが行政改革かと苦笑いしたくなるような『森友・加計(かけ)問題』に表出した忖度(そんたく)官僚を生み出すことになってしまった。行政官僚が最後に持っていた光っていた部分、つまり政治がどんなに混乱していても行政基盤がしっかりしているから日本の政治は安定していると海外の研究者が指摘していた、そこさえも失って、ある種の混迷と液状化にはまっているというのが現状だ」

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