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天皇陛下「戦後の平和」に込める想い/下 おことば30年を貫く不変のメッセージ

2018年9月 2日号

 戦没者追悼式で天皇陛下が「おことば」を述べられた。新たにつけ加えられた文言に、天皇の「戦後の平和」への想いと、それを未来へ手渡そうとするご意思が感じられると、現代史研究の第一人者は言う。最後の「おことば」に込められたメッセージを、歴史からの視点で解読する。

 平成30年8月15日の正午、日本武道館で行われた全国戦没者追悼式で、天皇陛下は「おことば」を述べられた。この「おことば」は、二つの特徴を持っていた。ひとつは、戦争体験世代の天皇、皇后両陛下が述べられる最後の戦争観であり、そしてそれは歴史的意味を持たされたということである。もうひとつは、「おことば」の内容は基本的には例年と同じだが、それでも「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、」という23文字が加えられている。この23文字をどのように解するかが、この時代の枠組みの中で問われたということになるであろう。
 新聞、テレビをはじめとする各メディアは、天皇の平和を求める精神を讃(たた)える方向での報道が多かった。新たに加わった23文字の重さに注目しつつ、これまでの表現(たとえば「過去を顧み、深い反省」や「戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」との表現を指すのだが)が用いられていることに共鳴しての報道ともいえた。
 あえて私は前述の二つの特徴をさらに精緻に検証すべきだと思う。天皇、皇后は終戦時に12歳と11歳であり、その成長期に戦争体験をしている。世代の共有体験でもあり、この体験をもとに戦後を生きてきたわけだが、戦後の原点は「平和」であった。
 昭和21年の元日に、皇太子として、「平和國家建設」との書き初めを行っている。あえて言えば、今回の「おことば」につけ加えられた「戦後の長きにわたる平和」という語は、ご自身の原点の確認と見てもいいのではないか。むろん平和国家という表現は多様な意味を持つのだが、少なくとも戦争がなかったこと、ご自身が戦争に関する事態とは無縁であったことは、今回の新たにつけ加えられた23文字に反映していると見るべきであろう。

 ◇歴史観を明確にした天皇陛下

 私は、今回の「おことば」は戦後の確認と、さらにこの23文字に潜んでいる歴史の流れに注目すべきだと思う。そのことによって終戦時に幼年期、少年期だった世代が戦争に直接関わった世代に対して、彼らの残した教訓を継承したとの自負があると解することができる。こういう流れが込められている。そう思えばこそ、戦没者追悼式そのものが単なる儀式ではなく、世代から世代への申し送りだったと判断できる。改めてこのことを、来年からはなおのこと意識していいのではないかと思われる。それが初めに語った二つの特徴に通じているのである。

 同時に今回の23文字の中で、あえて注目しなければならないのは、「思いを致しつつ」の「つつ」といった表現である。
 天皇の各種のおことばは全体に字数そのものは200字とか400字といった具合で、短い単語の中で意を尽くそうとされている。「おことば」は250字から300字といった範囲である。その中であえて「つつ」という語が用いられていることに特徴があるようにも思う。言うまでもなく「つつ」は接続助詞だが、これはある動作や行為が繰り返して行われ、同時にもう一つの動作、行為も並行して進むことを表している。とすれば、天皇という立場で、平和な歳月に思いを持ち続けて、そして「過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」を同時進行で考えていると明かしたとみることが可能になる。その気持ちを国民に披歴することで、歴史観を明確にしたともいえるように思う。私はこの点に強く関心を持っている。
 天皇は皇太子時代に、太平洋戦争に関して四つの日を大切に思い、この日は原則として皇居にあって祈ることを自身に課していることを記者会見で述べられたことがある。この四つの日は、沖縄戦の終結の日、広島、長崎への原爆投下の日、そして終戦の日である。いずれも戦争の悲劇を象徴する日でもある。この四つの日の締めくくりが8月15日になるのだが、天皇の「おことば」は、毎年締めくくりの意味も持っていると考えられる。戦争の惨禍とは本土決戦や原爆投下に代表される状態を指すのであり、実際にはそういう悲劇を繰り返さないことと語っていることになる。
 天皇が、戦争の悲劇や平和の尊さを語ってきたのは、これまでのさまざまな折の発言によっても容易にうなずける。そうした発言を抜き出してみると、平成7(1995)年の戦後50年を記念する集いでは、歴史を顧みる点について次のように語っている。
「過去の歴史に多くを学ぶとともに、これまで日本を支えてきた国民の力と英知に深く思いを巡らせつつ、これからの道を正しく歩いていきたいものと思います。今日、我が国が享受する尊い自由と平和の中にあって、国民の創造性が伸び伸びと発揮され、国の繁栄が国民一人一人の幸せにつながっていくことを期待するとともに、日本国民が国内にあっても世界の中にあっても、常に他と共存する精神を失うことなく、慎みと品位ある国民性を培っていくことを、心から念願しております」
 さらに平成18(2006)年12月18日の国際連合加盟50周年記念式典では、
「私が生まれた年に、我が国は国際連盟を脱退し、その後の悲惨な戦争を経、昭和31年、国際社会への復帰を果たしたわけで、その喜びには誠に大きなものがありました。我が国は、世界の平和と繁栄のために、国際連盟の内外において、出来得る限り貢献をするよう努力を重ねてきております」
 と話されている。こうした発言をひとつずつ検証していくと8月15日の「おことば」は、さまざまな折の集大成でもあると理解できる。つまり天皇と皇后は、こうした信念を曲げることなく、一貫して国民に訴え続けてきたと見ていい。

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