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衝撃スクープ 自衛隊の危険な異変すべて暴く/上 

2018年8月12日号

青木理「抵抗の拠点から」200回記念

 ◇クーデターを志向する新たな勢力

 今年4月、自衛隊員が民進党の政治家を路上で罵倒する事件があったが、安倍政権下で自衛隊に何が起こっているのか。自衛隊に迫り続けてきた石井暁・共同通信編集委員に訊きつつ、「制服組」が主導権を握り始めた危機的兆候の深層を暴く。(一部敬称略)

 今も昔も変わらぬメディアの悪弊だが、絶え間なく発生するニュースに上書きされ、以前のニュースはついつい忘却の箱に仕舞(しま)いこんでしまう。そうして時が経過し、社会に深刻な歪(ひず)みが生じた後、あれは重大な予兆だったと気づき、慌てて箱をまさぐってあれこれ分析を加える─そんなことが歴史上、しばしば繰り返されてきた。
 では、この春に大きな政治問題と化した出来事はどうだろうか。
 4月16日の夜、人影もまばらな国会近くの路上で、民進党(当時)の参院議員が見知らぬ男から罵声を浴びた。男は自衛隊の統合幕僚監部に所属する30代の3等空佐。自らを自衛官だと名乗った上で、議員にこんな暴言を吐きかけた。
「気持ち悪い」「バカ」「国のために働け」「国益を損なう」
 議員は「国民の敵」とも罵(ののし)られたと語り、この台詞(せりふ)は3佐が否定しているものの、それは枝葉末節の話にすぎない。自衛官が国会議員に公然と暴言を浴びせかけた─そのこと自体に問題の本質はあり、戦前・戦中の軍事主導体制を想起させると批判が渦巻いた。
 確かに類似の史実はある。1933年、赤信号を無視した1等兵が「軍は警察に従わない」と強弁し、軍と警察の争いに発展した「ゴーストップ事件」。38年、陸軍中佐が帝国議会の委員会で、議員に「黙れ」と言い放った事件。いずれも当時の軍部が傲慢化したことを示すエピソードとして語られる。
 昭和史に精通し、本誌でもおなじみのノンフィクション作家・保阪正康氏も、『毎日新聞』の記事(5月16日付夕刊)でこれらを「軍が横暴になっていく予兆」だったと指摘し、「一見くだらない問題が雪だるま式に転がって時代の空気を作り、取り返しのつかない事態に発展していく怖さ」に警鐘を鳴らしている。
 私も同感だが、今回はどうか。かつての軍部と単純に比べられないにせよ、自衛隊は戦後日本のまごうかたなき実力組織。現政権の下では安保関連法などによって権限が大幅に拡大し、防衛費も増え続けている。その防衛省・自衛隊に異変が起きているのか。かつてのようにきな臭い気配は漂っているのか。

 ◇"制服組"が完全に主導権を握った

 残念ながら防衛省・自衛隊の内側を深く取材した経験のない私には、にわかに断ずることができない。はて、どうしたものかと考えた時、思い浮かんだのが石井暁氏(56)だった。

 石井氏は、私もかつて所属した共同通信社の編集委員である。防衛問題を専門とし、ほぼ一貫して防衛省・自衛隊の取材を続けてきた。私が警察(サツ)回り記者時代からのことだから、取材歴はもう四半世紀近くになる。
 これは防衛問題に限った話ではないが、特定の分野を専門に取材する記者は、取材対象と懇ろになりがちである。首相としばしば会食し、まるで提灯(ちょうちん)持ちかのような言説を吐く政治記者などは典型例であろう。
 だが、石井氏は違う。常にリベラルな視線で対象を眺め、時には防衛省・自衛隊が最も書かれたくないだろう暗部を抉(えぐ)る特ダネを放ってきた。その暗部については追って触れることとし、久しぶりに石井氏と会って話を聞き、防衛省・自衛隊は変わりましたか─そう尋ねると、石井氏は迷いなく即答した。
「制服組と背広組の力関係は完全に逆転しましたね」
 あらためて詳述するまでもなく、防衛省・自衛隊では、防衛事務次官をトップとする防衛官僚を「背広組」、統合幕僚長をトップとする陸海空の自衛官を「制服組」と称する。続けて石井氏の話。
「民主主義国家では、実力部隊の軍を政治が統制する『文民統制』は基本原則です。自衛隊の場合、これに加えて『文官統制』制度があった。天皇の統帥権を盾に戦前・戦中の軍が暴走した反省に立ち、文官の背広組が制服組を統制する仕組みも整えられたんです。ところが主に制服組の要求を受け、これが完全になくなってしまいました」
 石井氏によれば、「文官統制」を担保する仕組みは大きく三つあったが、この十数年ほどで次々と取り払われてきた。
 まずは1997年。国会や官邸との連絡交渉は背広組が担い、制服組は関わらないという古くからの訓令が廃止された。続いて2009年。いわゆる「防衛参事官制度」も撤廃される。背広組幹部が「防衛参事官」として防衛庁長官(当時)を補佐する制度は、背広組優位の象徴でもあったが、防衛事務次官の汚職事件などを受け、制度そのものが姿を消してしまった。
 そして現政権下の15年。改正防衛省設置法が成立し、背広組の優位を法的に担保していた同法12条が改められた。これによって背広組と制服組が「対等な立場」で防衛相を補佐することとなり、戦後日本の実力組織を制御してきた「文官統制」は葬り去られたのである。再び石井氏。
「対等な立場とは言っていますが、現在は制服組の方が主導権を握っている印象です。特に部隊を動かす作戦や運用面では、制服組が完全に主導権を握りました」
─しかも防衛相と直接やり取りしながら?
「ええ。官邸もそうです。基本的に制服組トップの統合幕僚長が週1回、同じく制服組の情報本部長が月1回、総理の執務室に入って直(じか)にやり合っています。ただ、情報本部長が会う際は内閣情報官が、統合幕僚長が会う際は背広組の防衛政策局長が必ず同席する。旧内務官僚の考えた仕掛けで、総理と制服を一対一では会わせない仕組みを最後の防衛線として作ったんです」
─旧内務官僚というと、警察庁ですか。
「そう。内閣情報官らが作った仕掛けです」
─それは政治と制服組の直結を防ぐ"防衛線"である一方、警察の"縄張り意識"という側面も強いのではありませんか。
「それも間違いなくあるでしょう」

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