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万引き老人のリアル 弁当1個とお茶「656円」万引きで懲役3年

2018年8月 5日号

渾身ルポ! これが長寿社会「闇の真実」だ!

▼「孫のために洋服を」母の実刑判決に傍聴席の娘は号泣

▼弁当1個とお茶「656円」万引きで懲役3年  

 カンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた是枝裕和監督の映画「万引き家族」が話題だ。かつて少年犯罪の温床とされていた万引きだが、近年は高齢者による犯行が増加傾向という。その背景には何があるのか。長寿社会に潜む闇の真実とは。万引き老人のリアルを追った。

 6月中旬。東京簡易裁判所の法廷で、母娘のすすり泣く声が響いた。懲役1年の実刑判決。万引きで窃盗罪に問われた白髪のM子(69)に判決が言い渡されると、傍聴席の最前列で2人の娘は席を立ち、ぼうぜんとした。M子は保釈中の身。判決の日は母娘で裁判所まで足を運んだが、一緒に帰ることはかなわなかった。収監手続きのため係官に連れられる母の後ろ姿を、娘はすすり泣きしながら見送った。
 家族と同居していたM子が万引き行為に及んだのは今年1月のこと。夕飯の買い物のため、東京都内のスーパーに一人で出かけた。財布には現金が2万円近く入っており、1階の食料品売り場で、ブリ、メバチ、サケ、牛肉、エノキダケ、ピーマン、ほうれん草など家族の食卓を思い描きながら、食材を次々と買い物かごに入れた。
 ところがである。商品を精算することなく、買い物かごから持参したエコバッグに詰め替えたのだ。
「もう万引きはしない」
 そう誓ったのはほんの数年前のはずだった。
 手を染めたのは数十年前にさかのぼる。「主人の稼ぎも少なく、子どもや生活のため」というのが理由だった。これまでに万引きで逮捕され、起訴猶予数回、罰金刑1回。さらに懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受け、執行猶予中の身だった。
 執行猶予期間に再び犯行に及べば、実刑判決は免れない。そう知っていたにもかかわらず、食品をエコバッグに詰め替えた後、3階の子ども服売り場で幼い孫のため、ズボンなどの洋服をハンガーから外し、背負っていたリュックの中に詰め込んだのだ。
 映画「万引き家族」でも似たようなシーンがあった。老婆役の樹木希林が同居を始めた幼い少女のため、服を選ぶふりをして試着室でカバンに次々と入れた。映画の1シーンのようなM子の万引きは、衣服や食料品35点(1万3822円相当)。マークしていた保安員に捕捉された。
「裁判を傍聴していると、何度も万引きを重ねる高齢者の存在に気づく。万引き行為そのものが病的と疑われるケースもあり、治療と刑罰のアンバランスが見受けられる。刑務所に入れるだけでは解決にならないのではないか」
 そう指摘するのは、裁判ウオッチャーでフリーライターの長嶺超輝(まさき)さん。その実態を探るべく万引き老人の裁判傍聴を続ける中で、M子の存在を知った。
 M子は2月に保釈された後、横浜市の依存症治療を専門とする大石クリニックで診察を受け、窃盗症(クレプトマニア)と診断された。同クリニックの大石雅之院長が言う。
「クレプトマニアは、ギャンブルやインターネットなどと同じ依存症で、物を盗みたいという衝動や欲求を制御できなくなる病気。罪を償うため刑務所に入るとしても、その前に一定期間は治療したほうがいい」
 M子は判決までの4カ月間通院した。週3日、同じ境遇の人たちとミーティングする集団療法など治療プログラムを受け、裁判で弁護側は「窃盗症」の診断書を証拠採用するよう訴えた。検察側が不同意としたため証拠として採用されなかったが、担当した弁護士が警鐘を鳴らす。
「患者の立場からすると診察は受けるもの。家族も窃盗症の存在すら知らず、社会の認知度は低い」

 ◇「クレプトマニア」という病  

 その窃盗症については、群馬県渋川市にある依存症治療の専門病院、赤城高原ホスピタルが詳しい。アルコールや薬物依存症の治療を専門としているが、2000年ごろから窃盗症患者の治療に取り組んでいる。竹村道夫院長が話す。

「やめたくても万引きをやめられないのが窃盗症患者。原則論として、窃盗症であろうともその責任能力を認める立場だが、治療で回復を見込める人へは医学的な支援が必要だ」
 窃盗症は精神疾患に分類され、竹村院長はこれまでにその疑いのある患者1600人を診療した。
「診察した患者の3割は摂食障害がある。病的飢餓感と"ため込みマインド"から、患者には大量の食品や生活品を万引きする傾向がある」(竹村院長)
 ホスピタルに入院中の74歳女性は「夫のアルコール依存症が原因の一つ」と話す。酒のつまみになるようなおかずを食卓に並べることがストレスとなり、スーパーで人けがないところで商品を持参したバッグに入れたのが始まりだった。
「お金を払わずに商品を手に入れられる『得した』気分が体に染みついた」
 白髪にメガネ、まじめそうな主婦一筋の女性は、とつとつと自分の万引き歴を明かした。警察に6、7回はお世話になったという。
 一方、認知症が疑われるケースもある。高齢者の万引き犯を診断してきた東京医科歯科大の朝田隆特任教授(精神科医)が「万引き犯のタイプは三つに分けられる」と指摘する。
 1青少年時代に万引きを経験し、かつての窃盗癖が年老いて復活する2経済的な貧しさから食べる物欲しさに商品に手を出す3ピック病に代表される認知症―。ピック病は前頭側頭型認知症で、記憶障害は目立たないが社会常識を守れないなど人間性が変化するのが特徴という。朝田教授が解説する。
「50代以降に始まる病気で、見た目は認知症に見えないが、善悪のブレーキが利かなくなる。上場企業の役員が悪いことだとわかっていながら文房具店でペンを盗んだケースもあった。高齢になってから万引きを始めた場合は、病気を疑って診察したほうがいい」
 話を万引き老人の裁判傍聴に戻そう。6月下旬、東京地裁で常習累犯窃盗罪に問われたY男(76)は、裁判官から最後に何か言いたいことはないかと聞かれ、こう答えた。
「上訴しません。以上です」
 大半の被告は、反省の弁を述べるのだが......。昭和の終わりごろ、万引きで逮捕され、起訴猶予になったのが始まりだった。万引き逮捕歴は十数回。今年、刑務所を出所したばかりだったが、2カ月余りで再び手癖の悪さが出た。
 東京駅近くのビルに入るスーパーで、「焼き鳥と鮭の筍ご飯弁当」1個とペットボトルのお茶1本、計656円相当の品物を代金を支払わず店を出た。Y男は「1万円持っていた。お茶を買うつもりで店に入った」と話す。妻と二人暮らし。持ち家でローンも払い終え、貯金もある。年金生活でお金に困っているわけではなかった。
「刑務所で仏像に興味を持った。買うために少しお金をプールしたくて......」
 それが動機らしいが、持っていた風呂敷で弁当を隠し込む手口は、判決で「手慣れている」と断じられた。懲役3年の実刑判決を受け、数回目の刑務所行きが決まった。

 

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