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追悼・岸井成格さん 「遠くで落ちた針の音に耳を澄ませていた」=倉重篤郎

2018年6月 3日号

 毎日新聞特別編集委員で、ニュース番組のコメンテーターなどを務めた岸井成格さんが亡くなった。保守本流の政治記者でありながら、安倍政権の独裁ぶりに異を唱える姿にはジャーナリストの矜恃が底光りしていた。後輩記者の倉重篤郎氏が悼む。(一部敬称略)

 岸井成格さん。あなたと初めて一緒に仕事をしたのは、1985年でした。
 時は中曽根康弘政権。私は政治部に来たてのホヤホヤ新人記者、あなたはワシントン特派員帰り、もうすでに『毎日新聞』に岸井あり、という脂の乗った中堅記者でした。
 首相官邸クラブで、我々は首相動静を日々追っかける総理番記者。あなたは、官邸クラブの中枢ともいうべき官房長官番でした。いわば我々ひよっこ記者たちの兄貴分。政治記者のイロハを教えてくれました。
 あなたのことで最初に感心したのは、その端正な書き文字と、類いまれな状況再現能力でした。当時も今も政治記者の仕事の大半は、情報メモを書くことです。派閥領袖(りょうしゅう)や党首クラスが個々に何を考えどう志向しようとしているかを正確に把握し、その情報を共有し、政局が全体としてどういう方向に動いていくのかを的確に予測する、というのが政治報道の一つのあり方でした。
 私流に言わせてもらえれば、個々の政治プレーヤーのベクトル(パワーの強度とその方向性)の把握と、その合成・総和の予測です。
 あなたはその両面で秀でた資質を持っておられた。何よりもその強靭(きょうじん)な記憶力には後輩ながら嫉妬さえ感じました。あなたの起こしたメモは骨太で精緻なだけではなかった。それを読むと相手の政治家の表情まで浮かんでくるような臨場感のあるものでした。親子2代の政治記者(父君は寿郎・元『毎日新聞』政治部長、後に衆院議員)ということもあるのか、政治に対する深い愛情を感じたものです。
 そのあなたから教わった二つのこと。今でも忘れていません。一つは、記者は人脈が勝負だ。取材の間口を広げよ。一度名刺交換した人とは極力関係を切らさずにずっと付き合っていけ、ということでした。
 当時私は、番記者として中曽根官邸の経済通商政策が担当でした。日本の対米経常黒字解消のために日本経済の構造改革をどうするか、が焦点でしたが、取材先に困っていた私にさまざまな

関係人脈を紹介してくれたのがあなたでした。正直言って驚きました。ソースによって情報の出方がこれだけ違うのか、と。ソースとの関係維持も重要でした。時間が距離を縮める、という言葉通りです。

 ◇時代がどこへ向かうかという大局観  

もう一つは、100メートル先で針が落ちる音に耳を傾けよ、という教えでありました。政局はある日突然動くように見えるが、そこには前史、前段がある。地中をゆっくりと動くプレートのように、政局の底流も動いている。小さなエネルギーの蓄積がある日一気に解き放たれ、大地震、津波として顕在化する。

 政局もまた似たるもの。ゆえにウオッチャーとしては、その小さな動き、あなたの言葉で言えば、「針の音」に耳を澄ますこと、それをはずさずに聞き分けることが肝心である。これは先述したベクトルの総和・予測力のセンスにも関わる話です。
 この「針の音」の哲学こそが、あなたの政治記者としての本領でありました。音を察知するには問題意識が必要だというのもまたあなたの教えでした。それは、今の時代がどういう時代なのか、という歴史的大局観であり、どちらに向かうべきなのか、という一種、倫理的なバランス感覚でした。

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