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知の巨人・内田樹氏 「平成」の次を読み解く ニッポン「絶望列島」化

2018年1月21日号

▼無慈悲で不人情な社会へ...

 平成30年を迎えた。天皇陛下が退位する日が決まってから、初めての新年だ。この時代を生きる日本人は皇位継承を目の当たりにして、元号の変更も経験することになる。さて、日本人にとって元号とは何なのだろう。また、次の時代はどうなるのか? 内田樹氏が読み解く。

 平成という時代が2019年4月で終わることが決まった。
 元号が変わることについてある媒体から「元号はこれからも必要なんでしょうか?」と訊(き)かれた。元号を廃して、西暦に統一すればいいと主張している人がいることは私も知っている。でも、それはいささか短見ではないかと思う。
 別に日本の固有の伝統を守れとか、そういう肩肘張った話ではなく、時間を時々区切ってみせることは、私たちが思っている以上に大切なことのように思えるからである。
 私の父は明治45年1月の生まれだった。明治は7月末日に終わるので、父は半年だけの明治人であった。けれども、「自分は明治の男だ」というアイデンティティーはずいぶん強いものだったように思う。
 私が子どもの頃、父は折に触れて「降る雪や明治は遠くなりにけり」という中村草田男の句を口ずさんでいた。それはおそらく父が戦後の日本社会について「ここは自分の本籍地ではない」という異邦感を抱いていたからだと思う。その「時代との齟齬(そご)感」が父の世代に独特の反時代的な批評性を与えていたように思う。
 その反時代性(例えば、SFを「荒唐無稽(むけい)」と一蹴し、ロックを「騒音」と切り捨てるような風儀)は彼の個性というよりはかなりの部分まで「明治の男はかくあらねばならない」という外形的なしばりのせいだった。そのせいで彼らは不自由をかこちながら、一方では「ある時代に帰属していることの安心感」を享受してもいたのではないかと思う。
 漱石の『虞美人草』の登場人物である宗近君の父は、小説の中では若者たちから「天保老人」と綽名(あだな)されている。おそらく江戸時代の武士のたたずまいを明治の聖代に遺(のこ)していたのであろう。明治40年頃の読者たちは、その語によってある年齢の老人については輪郭の鮮明な、解像度の高いイメージを抱くことができたのである。
「大正デモクラシー」も「昭和維新」も、元号抜きにはそれほどの強い喚起力を持つことはなかったはずである。
 元号のない国もそれに代替する自分たちだけの時代の区切りを持っている。イギリス人は時代を王位で区切る。だから、「ヴィクトリア朝風(Victorian)」には「旧式で、融通が利かず、上品に取り澄ました、装飾過剰の」といった一連の含意がある。
 エドワード7世の在位は1901年から10年までのわずか10年だったけれど、形容詞「エドワード朝風(Edwardian)」は「物質的豊かさに対する自己満足と華美絢爛(けんらん)」という固有の語義を持っている。

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