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「汚れた銃弾」疑惑で抗争勃発 『文春』vs.『新潮』仁義なき戦い

2017年6月 4日号

 毎週木曜日発売の『週刊新潮』が、同日発売のライバル誌『週刊文春』を槍玉(やりだま)に挙げて〈スクープ至上主義の陰で「産業スパイ」! 新潮ポスターを絶え間なくカンニング!「文春砲」汚れた銃弾〉という見出しの躍った記事を5月18日発売号に載せた。
 電車内などに掲示する新潮の中吊(づ)り広告を、文春側が最終的に原稿を印刷に回す直前に入手し、スクープ記事を把握。これを盗んでいたという内容だ。全国紙の社会面やテレビのワイドショーなどでも、同誌の発売前後にこの話題を取り上げていた。
 ところが、この記事を読んでみると、新潮側が盗まれたとする"スクープ"とは、「文春砲」と揶揄(やゆ)されるようなものとは程遠い。
 例えば、2014年の『朝日新聞』の慰安婦誤報を巡る記事。池上彰氏が同紙に連載していたコラムでこのことに触れると、掲載を拒否された。それを中吊り広告に挙げたところ、文春がこれを察知し、最終原稿に池上氏の名前を取り入れたと主張する。
 あるいは、女優の高畑淳子さんの息子に関する記事の見出し。父親について触れたところ、これも文春の広告にはなかったものが、原稿には入っていた。他にも慶応大学のサークルが集団で婦女暴行をした被害者の母親のコメントを後追いで盗まれた、など。
 新潮によれば、中吊り広告のコピーが文春の編集部に届くのが火曜日の午後4時ごろ。最終締め切りの同日午後10時までに、追取材をして原稿を書きかえるのだという。裏を返せば、その間のわずか6時間で追いつけるものを、新潮側は"スクープ"と呼んでいることになる。CMに引っ張りだこだったタレントのベッキーさんが不倫で芸能活動を休止したり、舛添要一前都知事が辞任に追い込まれたりと、「文春砲」と呼ばれるものとはスケールがまったく違う。
 そもそも、雑誌がスクープを飛ばそうというときには、広告でも入稿作業でもネタが漏洩(ろうえい)しないようにダミーを走らせる。実際に私も『文藝春秋』の寄稿で経験している。
 まして、有名タレントとはいえ、個人の通信内容をそのまま引用して不倫をさらけ出した「文春砲」だ。「えげつない」といえばそれまでだが、それで世間を喜ばせ、金を稼ぐ。あらゆる手法で情報収集に尽力する。ライバル誌の動向ぐらい掴(つか)んでいてもおかしくはない。同日発売のスクープで勝負しようという世界にあるのなら、相手に出し抜かれないようにする。そうでなくても、新潮にだって負けず劣らず「えげつない」ところは多々ある。
 さらに内情を明かすと、記事にもあるように、文春の新谷学編集長と、被害を訴える新潮の酒井逸史前編集長は、いわゆる"マブダチ"で非常に仲がいい。酒井氏は周囲に「新谷は兄弟のようなもの」と語っていたほどである。いまさらなにを言い出すのやら。
 新潮とすれば、中吊り広告で先出し、売り文句にしたかった実名などを、文春があとから追いついたとはいえ、それを同日発売の誌面で勝負することなく、「スクープ速報」として文春のホームページに先出しされてしまうことが堪(たま)らなく嫌だったのだろう。読者が新潮を手にするときには、「もう知っている」となって、本来の新鮮味を奪われる。それを新潮は「スクープ潰し」と呼んで糾弾している。
 昔から同日発売のライバル関係にある週刊誌は、相手方を攻撃することで販売部数が相乗的に伸びる傾向にある。その手法を意図的に使うこともあった。今回の場合も「文春砲」と叫ばれる巨弾スクープと実売部数で約17万部と大きく差をつけられた新潮が、まるで被害者のようにたち振る舞うことで相手に抱きついたように映る。その記事内容が新聞やテレビ、ネットで取り上げられることで、効果は絶大だった。だが、その実情はまるでプロレスのようなものだ。そこに仁義など最初からあるはずもない。
(作家、ジャーナリスト・青沼陽一郎)

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