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非自民連立政権の"生みの親" 「労働界の巨人」山岸章氏逝去

2016年5月 8日号

「戦後労働界の巨人」が逝った。800万人労働者を結集した「連合」の初代会長・山岸章氏、享年86。保革問わぬ人脈を駆使して1993年、非自民連立政権の生みの親となり、自民党長期単独政権の戦後史に終止符を打った。
 その1年間、政治部記者として「山岸番」を務め、千葉県の自宅に夜回り取材を繰り返した。和室の座卓にはいつもウイスキーとグラスが用意してあり、水割りを飲み交わしながら、山岸氏は記者たちから最新情報を入手することを忘れなかった。
 政治改革勢力は表のリーダーが細川護熙(もりひろ)氏、裏のリーダーが小沢一郎氏と見定められていたが、その非自民8党派を誰がまとめるのか。その肝心かなめの一点で、山岸氏が最重要人物となっていた。
 山岸邸には連夜、十数人の記者が詰めかけた。談論風発、諸説が飛び交う中で「小沢が自民党を飛び出して、細川を応援しても、あいつは悪役イメージやからな。細川の助けにはならんやろ」と山岸氏。
「いや、違います。小沢はいわばグレート東郷。普段は悪役レスラーでも、親友の力道山がリングで外国人レスラーの反則攻撃を浴び続ける時、控室から飛び出して来て助け出す。その光景に大歓声が湧くでしょう。細川が力道山で、小沢は東郷なんですよ」
 当方の奇説を聞き流すことなく、瞬時黙考し、「それ、あるかもな」と口元を引き締めた。以後、小沢氏と接近し非自民連立へと〓進(まいしん)した。
 自民党幹事長も務まりそうな政治手腕で、現実主義に徹していた。義理人情に厚く、喧嘩(けんか)上手でもあった。「参議院のドン」と言われた強面(こわもて)の村上正邦労相(当時)に面会した時のこと。村上氏を軽口であしらいながら、「ワシはアンタみたいなタイプは昔から得意なんよ」と言ってのけた。
 昨年まで頂戴していた賀状が今年は届かず、どうかされたのではと心配していた。
 生みの親 いま死してなお 道遠し 合掌。
(山崎博史)

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