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パイナップルが紡いだ沖台関係

2015年9月27日号
 サトウキビとともに、かつて沖縄の基幹作物だったパイナップル。台湾から八重山に入植した人々によってもたらされ、今年は入植80周年にあたる。その栽培を巡り、台湾と地元の人々が摩擦と葛藤を乗り越え、交流していく姿を描いた映画「はるかなるオンライ山~八重山・沖縄パイン渡来記~」(オンライは台湾でパイナップルの意)。
 戦前、日本統治下の台湾で大小100社以上あったパイン缶詰工場は統合され、小規模・零細工場は危機に瀕(ひん)していた。このため、台湾の約50世帯(330人)は「大同拓殖株式会社」を設立、新天地を求めて八重山に入植する。酸性土壌の赤土がパイン栽培に適していたからだ。
 彼らはマラリアがはびこる原野に火を入れ、水牛で開墾していくが、この過程で地元との衝突が起きる。伐採した木材を地元の若者が持ち去ったのを機に、双方に負傷者が出るほど対立は激化。地元は「八重山全土が台湾人に開墾され尽くしてしまうのではないか」との不安に包まれる。
 深まる対立に、入植者のリーダーらは親睦団体「八重山台友会」を結成。台湾人は日本語や礼儀作法を、地元住民は焼畑やパイン栽培などを学んで融和を図った。だが、太平洋戦争が始まり、1943年にパイン栽培は禁止に。工場は日本軍に接収され、入植者の大半は台湾に引き揚げた。
 戦後、山に隠しておいた苗をもとにパイン栽培が復活し、再び八重山に戻った台湾人と地元住民は缶詰工場を再興、60年代のブームを牽引(けんいん)するが、70年代の冷凍パイン自由化の波で衰退していく。
「沖縄と台湾の歴史は忘れられがちだが、お互いを知り、認め合えれば、新しい文化と繁栄が広がるのではないか」(本郷義明監督)
 映画は"移民物語"の枠にとどまらず、台湾出兵の発端となった「牡丹社(ぼたんしや)事件」にも触れ、台湾と沖縄の数奇な近現代史をひもといている。歴史が繰り返されようとしている今こそ見ておきたい。
(友寄貞丸)

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