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「3.11」4年後の真実 「福島原発」放水活動で何が起きたのか

2015年3月22日号

◇元消防庁長官・久保信保「我、かく闘えり」 聞き手(ジャーナリスト・鈴木哲夫)

▼「被曝不安」が今も残る消防隊員
▼3・11の教訓「首都直下」「テロ攻撃」...

「3.11」では、全国の消防団員の5人に1人が被災地に応援のため出動したという。そして、原発事故を巡っては消防庁の苦悶があった─。総務省の外局で、消防行政のトップである消防庁長官を務めた久保信保氏(62)が今、その真実と教訓を語った。

「もう二度とあんなことはないと甘く考えている。それでいいんでしょうか」
 東日本大震災が起きた2011年3月11日、当時、消防庁長官だったのが久保信保氏だ。その久保氏は、震災から4年たってもまだ手つかずの原発事故対応や消防組織のあり方について、法整備などを早急に取り組むべきだと訴える。
 久保氏の、今だから話せる「あの時、何が起きていたのか」は、3・11が残した大いなる教訓だろう。
「消防庁として初めて二つのことに直面することになりました。一つは、阪神大震災を機に作られた緊急消防援助隊を全国から集めて出動させたこと、もう一つは原発事故との闘いです」
 消防は地方自治体の管理下だ。予算措置も自治体の予算で運営される。それを緊急時に国の統一したラインの下で動かすというのが、「緊急消防援助隊」だ。
「1995年の阪神大震災の時、近県から応援が入ったのですが、誰の指揮の下で動けばいいのか、またはホースの口径が異なるなど大混乱でした。そこで、震災の5カ月後に新制度ができた。緊急消防援助隊は、地方の消防本部が人員などを"これだけ出せます"という登録を消防庁にして、大災害時に自治体から消防庁に出動要請があれば、消防庁長官が『指示権』を行使して出動させる。それを初めて発動したのが東日本大震災の時で、私でした」
─大規模出動の際、問題点や苦労はありましたか。
「遺体捜索や搬送などについては、消防は災害の救助などで経験していますが、それでも3・11はショックを受けた隊員が多かった。メンタルヘルス・チームを作って今も対応しています」
─今も傷が残っている。
「皆さんにぜひ知ってほしいことがあります。消防は殉職者が多かった。200人を上回っています。たとえば軍隊は、現場に行けば10人のうち半分が前線、残り半分は後方支援。でも消防は10人が現場に行ったら、10人全員が最前線で闘う。だから殉職者も多くなる。災害に一番近いところにいるのが消防なんです

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