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一億人の戦後史 

2015年3月15日号

「日本初の総合週刊誌」だから書ける 終戦70年特別企画 特別寄稿 思想家・内田樹氏

 歴史は繰り返す、という。昔と今で人間の出来にそう違いはないからだ。「本誌は何を伝えたか」を手がかりに戦後史を貫く水脈を探すシリーズは昭和50年代へ分け入る。記憶に刻まれる数々の事件は過去の標本とは違う。時代に沿って形を変え再び地上に溢れ出る。

 ◇特別寄稿 私たちは歴史からほとんど何も学ばない 思想家・内田樹氏

 戦争が終わって5年目に生まれたので、戦後70年のうち65年を生きてきた勘定になる。子どものころは歴史の流れというようなものは感じなかった。社会というのは昔からずっと、「こんなもの」であり、これからもずっと「こんなもの」であり続けるだろうと無根拠に信じていた。それ以外の世界を知らないんだからしかたがない。
 でも、30年、50年、60年と馬齢を重ねるにつれて、社会というのはずいぶんころころと変わるものだということを学んだ。実に驚くほどよく変わる。昨日まで「右」と言っていた人たちが一斉に「左」だと言い出す。よくそんなに器用に切り替えられるものだと感心するが、それは言い換えると「世の中がどれほど激しく変化しても、それから何も学ばない」風儀というのは、ぜんぜん変化しなかったということである。どれほど世の中が変わっても、変化したことに気づかない人間、だから変化の原因についても考えない人間、そういう人たちが実は世間の過半を占めているということに気がついたのは、恥ずかしながら齢(よわい)知命を超えてからあとのことである。
 カール・マルクスは『ルイ・ボナパルトのブリュメール一八日』の冒頭にこのような言葉を記した。〈世界史的な事件や人物は二度現われる。一度目は偉大な悲劇として、二度目はみすぼらしい笑劇として〉(横張誠訳『マルクス・コレクション3』筑摩書房、2005年、3頁)


 長く生きてきてわかったことは、同じような破局的状況は実は三度も四度も繰り返すということであった。二度目三度目までは「笑劇」で済ませられても、四度、五度と続くと、さすがに笑いも凍り付く。この強迫的な反復は、むしろ人間に刻印された痛ましい宿命を語っているのではないかと今では思う。
 私たちは歴史からほとんど何も学ばない。同じ愚行を、そのつど「新しいこと」をしているつもりで際限もなく繰り返す。それが私が歴史から学んだ最も貴重な教訓の一つである。冷笑的過ぎるだろうか。だが、マルクスも実はそう続けて書いていたのである。
〈生きている者たちは、ちょうど、自分自身と事態を変革し、いまだになかったものを創り出すことに専念しているように見える時に、まさにそのような革命的な危機の時期に、不安げに過去の亡霊たちを呼び出して助けを求め、その名前や闘いのスローガンや衣裳を借用し、そうした由緒ある扮装、そうした借りものの言葉で新しい世界史の場面を演じるのである〉(同書、4頁)
 同じふるまいを私たちは過去を回想するときにも行う。つまり、「ほんとうに革命的な危機の時期」のことをたっぷり手(て)垢(あか)のついた、出来合いの、借りものの言葉で記述するのである。たまに地獄の釜の蓋(ふた)が開くときがある。私はそのような思いを二度経験した。1960年前後と67年前後である。地獄の釜の蓋が開いたとき、私は硫黄の匂いを嗅いで、業火で眉毛を焦がした。でも、そのことをもうみんな忘れている。「え? そのときって、何があったんだっけ?」と平気で訊(き)いてくる。

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