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「東大なら活動できなかった」 「京大・小出助教」が今春退職

2015年3月15日号

 京都大学原子炉実験所(大阪府熊取町)の教官として原発の危険性を訴え続けてきた小出裕章助教(65)が、今年3月で定年退職を迎える。
 小出氏は2月27日、同実験所で「原子力廃絶までの道程」をテーマに講演した。
「高校生の頃、原爆展をみて(放射能の)恐ろしさを知った」という小出氏は、「原発事故で、本来は放射線管理区域にしなくてはならない広大な場所に住民を放置した日本は法治国家とは言えない」などと政府の対応を批判。一方、「日本の司法に絶望して原発訴訟には関わらなくなったが、原発250キロ圏内の住人の原告適格を認め、大飯原発の運転差し止めを命じた福井地裁の判決(昨年5月)は素晴らしかった」と評価した。
「私が止めたいと思った頃は日本に3基だった原発が今は58基まで増えた上、大事故が起きてしまった。敗北ばかりの人生でしたが、誰にも命令されず、命令もしなかったことは幸せでした」(小出氏)
 東京生まれの小出氏は、東北大学工学部時代、女川原発建設問題で「原発は差別構造の上に成り立っている」と感じ、反原発姿勢を強めた。同実験所入所後も、伊方原発訴訟などで反対住民側の理論的支柱になり、関西電力による和歌山県日高町での原発建設計画を住民らと阻止した。
 専門は放射線測定で「科学とは実験を重ねて検証するだけのシンプルなもの」が信念。科学界を揺るがしたSTAP細胞問題を、「可愛らしい割(かつ)烹(ぽう)着(ぎ)姿の女性が出てきた時点で、もう科学ではなくなっていた。マスコミ報道も本当にくだらなかった」とチクリ。
 原発推進の国策に反する研究活動から助手(後に助教)のままだったが、「東大なら反原発の活動はできなかった。自由にやらせていただいたのは京大の特性」と小出氏。退官後は妻と信州に引っ越し、「仙人になる」とか。小出氏の退職で、反原発で知られる同実験所「熊取6人組」の現職は今中哲二助教だけとなった。
(粟野仁雄)

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