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ゲノム医療のトップドクターが提言! がんプレシジョン医療研究センター所長・中村祐輔医師に聞く

2019年6月23日号

 「100人いれば100種類のがんがある」といわれるように、がんの性質は患者によって多種多様。遺伝子解析技術を使った「がんゲノム医療」で、個々に最適な「オーダーメード医療」が受けられるという。その将来性と日本医療が抱える課題を第一人者に聞いた。

 がんの治療は現在、手術(外科療法)、抗がん剤治療(薬物療法)、放射線治療、そして近年ではノーベル賞で話題になった免疫療法が、統計学的データに基づく「標準療法」として広く使われ、公的医療保険も適用される。一般に、がんの種類や進行度に応じて、それぞれの専門学会のガイドラインに沿った治療が行われるが、進行がんや再発・転移したがんの場合、標準療法だけでは治る可能性は低く、生存期間の延長が主な課題となってくる。
「2007年に『がん対策基本法』が施行され、全国どこでも標準的な同質の治療が受けられるよう格差が是正されたのはよかったけれども、標準の先がないのが、今の日本のがん医療の最大の問題です。保険でカバーできる治療が尽きた患者さんの多くは、『見捨てられている』と感じています」
 そう話すのは、公益財団法人がん研究会「がんプレシジョン医療研究センター」(東京都江東区)所長の中村祐輔医師(66)。主治医から「もう治療法がない」と見放された患者は、緩和ケアを勧められるか、新たな治療を求めて治験(有効性や副作用を調べる試験)にチャレンジするか、代替療法に頼るしかなくなる。「がん難民」となるケースの一つだ。
「プレシジョン医療」とは、直訳すると「精密医療」だが、15年にオバマ前米大統領が一般教書演説で掲げてから定着した言葉で、すべての患者に、必要な時、いつでも必要な治療法を提供すること。これは、中村医師が20年前から提唱してきた「オーダーメード(個別化)医療」と同じ意味だという。

 ◇がんはなぜ患者ごとに違う 一人一人に合った選択肢を

 昨年まで米シカゴ大医学部血液・腫瘍内科教授と個別化医療センター副センター長を務めていた中村医師は、米国で薬の開発が進んでいく状況や、治療法が選択される過程を見てきて、日本との大きな違いを実感している。

「アメリカでは患者さんが多様なオプションを持っているのに対し、標準にこだわる日本のがん拠点病院では本当に限られたオプションしかない。私は、大きな病院に併設された研究所は、臨床で困っていること、患者さんが苦しんでいることを解決する責務があると考えています」
 日本でその使命を果たすため、昨年7月、帰国して現職に就いた中村医師は、新しい遺伝子解析技術や免疫療法を駆使した、がん治療体系の革命的な改革を目指している。
 中村医師は大阪大医学部を卒業後、外科医としてがん治療に携わり、同じようながんに同じような治療を行っても、患者によって治療効果が違うことや、手術後に再発するがんを何とかできないかと考えていた。そんな時、大腸に何千ものポリープができ、放っておくと必ずがんになる「家族性大腸腺腫症」という遺伝性の病気を知り、渡米して遺伝子の研究に入った。個人間の違いを調べる遺伝子マーカーの開発(犯罪捜査のDNA鑑定にも利用され、米国FBIから誘われた経験もある)などで国際的な名声を得、帰国後は東大医科学研究所教授、同研究所ヒトゲノム解析センター長などを務めた、ゲノム研究の第一人者だ。
 ゲノムとは親から子へと受け継がれる、すべての遺伝情報のこと。中村医師は「生命の設計図」と説明する。その遺伝情報を担う化学物質が、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)の4種類の塩基で構成されるDNA(デオキシリボ核酸)。ヒトゲノムはその塩基が約30億対あり、24種類の染色体に分散して蓄えられている。
 私たちは、このゲノムの情報に基づいてさまざまなたんぱく質を作り、体を構成・維持している。そのたんぱく質を作る情報を担っているのが遺伝子である。1人分のヒトゲノム塩基配列の解読が終わったのが03年。これまでにさまざまな病気と遺伝子の関係が解明されてきた。細胞のがん化に関わる「がん遺伝子」や、がんの増殖を抑える「がん抑制遺伝子」の存在、遺伝子の突然変異で異常なたんぱく質が作られることも分かり、治療に役立てる研究が進められている。
 特にこの5~6年で遺伝子解析技術が急速に進歩したことから、ゲノム情報をはじめとする検査情報をもとに、一人一人の体質や病気の個性に合った医療を提供する「ゲノム医療」が注目されるようになった。
「最新のゲノム技術でがんの早期発見や再発のモニタリング、副作用を避ける治療法が選択できるようになり、新しい治療法の開発も進んでいます」(中村医師)
 その治療法の一つが、中村医師がシカゴにいた頃から研究を進めてきた「ネオアンチゲン療法」である。

 ◇免疫細胞の目を覚まさせる ネオアンチゲン療法の効果

 いろいろな要因で重要な遺伝子の変異が生じ、がんのもととなるような細胞が生まれる。多くの場合、こうした危険な細胞は、血液中のリンパ球(白血球の一種)などの免疫細胞が働き、それを外敵と見なして退治してくれるが、次第に免疫細胞の監視から逃れるようになり、がんができる。

 ネオアンチゲンは、細胞ががん化する過程で生じた遺伝子異常によって生まれる「新しい抗原」(「ネオ」=新しい、「アンチゲン」=抗原)。正常細胞にはなく、がん細胞にしか存在しないため、がん細胞の目印となる。ネオアンチゲンは一人一人のがん患者によって異なるが、詳細ながんの遺伝子解析によって予測することが容易になってきた。
 その情報を基に人工的に作ったネオアンチゲンを、樹状細胞(がんを攻撃するリンパ球に目印情報を伝える細胞)と混合し、ワクチンにして患者に戻すと、がん細胞を敵と見なすリンパ球(T細胞)が元気になって増えてくるのだ。まさに、体にぴったり合った服を仕立てるように、個々の患者の免疫細胞の目を覚まさせるオーダーメード医療である。
 この療法では、患者自身のがん細胞と、正常細胞の全遺伝子解析を行うことが前提となる。
「ヒトの遺伝子は約2万5000種類あり、全部調べると平均で1人当たり数十個の、ネオアンチゲンを出現させている可能性がある遺伝子異常が見つかります」(中村医師)

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