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本邦初!「玉体に触れて」 天皇陛下主治医・執刀医対談 北村唯一・東大名誉教授×天野篤・順天堂医院院長

2019年1月20日号

◇前立腺がん主治医 北村唯一・東大名誉教授「術後のリハビリに、ご公務への並々ならぬ責任感」  

◇心臓病執刀医 天野篤・順天堂医院院長「教えていただいたのは『公平の原則』」  

 80歳を超えても全国各地に足を運び、精力的にご公務に励まれてきた天皇陛下。前立腺がんと心臓病を患ったことなど露ほども感じさせないのは、寄り添う医師の存在が大きい。がんの主治医と心臓病の執刀医、旧知の2人が陛下の闘病の道のりと医療が果たした役割を語り合う。

◇司会 皇室ジャーナリスト・山下晋司

―2016年8月、天皇陛下が退位のご意向をにじませた「おことば」を表明された時は、今後の皇室制度をどうするかという問題は別として、退位が実現すればこれでお体が休まると安堵(あんど)した国民も多かったと思います。今年4月30日をもって正式に退位なさいますが、医師のお立場から、どうご覧になっていますか。

北村唯一 健康上のことを考えると、ほっとした面はあります。前立腺がん治療のため、陛下に前立腺の全摘出手術(注1)をお受けいただいたのが03年1月。その後、再発予防のためにホルモン療法を続けていただきましたが、それも終了しています。治癒したと考えていますが、ご年齢のことを考えると、少しゆっくりしていただきたいと思っていたので。

天野篤 同感です。陛下に心臓の手術(注2)を受けていただいたのは12年2月でしたが、肝心なのは術後です。ゆっくりなさるのは心臓にとっても悪いことではありませんから。

北村 実は陛下に前立腺がんが見つかった時、ある方に頼まれ、陛下には「これを機にご公務をセーブされたらいかがですか」と申し上げました。ところが、減った感じがしない。むしろ術後の方が精力的な印象すらあります。

天野 ええ。陛下は体調がよくなられると、「あれもできます」「これもできます」と非常に前向きにお話しになるんですよね。特に心臓は回復すると血流がよくなり、酸素供給が増えるので、「治った」という手応えをはっきりと感じられたのかもしれません。

―新嘗祭(にいなめさい)のお出まし時間を短縮するなど一部、軽減されたお仕事はあるものの、陛下は常に「国民と共に歩む皇室」を体現すべく、戦没者の慰霊の旅や災害被災地のお見舞いに足を運ばれてきました。他に宮中行事もあれば式典や催事の調べものも多い。象徴としてのお務めに対する使命感は非常に強く、周囲が「減らしては」と申し上げても、なかなか。強く申し上げすぎても、陛下の使命感や責任感を傷つけることになってしまう。

北村 ええ。前立腺がん手術後のリハビリを拝見しても、ご公務への並々ならぬ責任感を感じました。手術時は70歳前。お若かったとはいえ、よく努力なさったと思います。

天野 心臓病の手術を受けられたのは78歳の時でした。術後1カ月もたたぬうちに東日本大震災1周年の追悼式に出席され、3カ月後にはエリザベス女王即位60周年祝賀行事に参加するため渡英もなさった。それからも国際親善のためインドやベトナムをご訪問されるなど、行動力には頭の下がる思いです。

 ◇新聞紙をさらし代わりに腹に巻き

―改めて陛下のご闘病について振り返っておきたいと思います。陛下の前立腺がんとは、どのようなものだったのでしょうか。

北村 02年の12月初旬だったでしょうか。宮内庁を通じ、兆候らしきものがあると往診を依頼され、駆けつけました。前立腺は男性特有の臓器で、精液の一部を作ったり、精子を保護する役目を負っていて、肥大すると排尿のトラブルを起こしやすい。前立腺がんは60歳以上に多いのですが、比較的進行が遅く、早期なら自覚症状はないのが一般的です。
 検査は、がんから放出される前立腺特異抗原(PSA)の値と、がんの悪性度を示すグリソンスコアで測ります。PSAが10ng/ml以下なら2~3年様子を見ますが、10ng/ml以下でもグリソンスコアが7以上なら早期治療が必要と判断する。陛下のPSAはグレーゾーン(4~10ng/ml)でしたが、触診でがんを疑いました。


―告知は陛下に直接したのですか。

北村 はい。皇后陛下とご一緒のところで、がんであること、手術で根治が可能なことをお伝えしました。動揺することなく、泰然としていらっしゃいましたね。

―昭和天皇は十二指腸乳頭周囲腫瘍というがんが原因で崩御なさいましたが、当時は病名を告知しなかったものです。

北村 1980年代は一般的にも、がんの告知はあまりしないものでしたから。
―また、昭和天皇が手術を受けることになった際は「玉体にメスを入れるのか」といった批判も一部にはありました。陛下も中学生の時に虫垂炎の手術を、95(平成7)年に大腸ポリープを内視鏡で切除する手術をそれぞれ受けておられますが、前立腺の手術は初の本格的なもの。北村先生にはプレッシャーもおありだったのではとお察しします。

北村 どのように治して差し上げたらいいか、それこそ夜も寝ないで考えたものですが、プレッシャーはありませんでした。ただ陛下の手術が報道されるや、私のもとを訪ねてきた男性はいましたね。吉田松陰を信奉するらしい活動家でした。

―お会いになった。

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