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京都・祇園祭の山鉾「鷹山」再建 焼失から約200年ぶり復帰へ

2018年7月22日号

 7月の京を彩る祇園祭で、200年近く山鉾(やまほこ)巡行への参加が途絶えている「鷹山(たかやま)」と呼ばれる山鉾。公益財団法人「鷹山保存会」(京都市中京区)は山を再建して2022年に巡行に復帰する計画を発表した。

 鷹山は応仁の乱(1467~77年)以前から存在し、くじを引かずに巡行の順が決まっている重要な9基の「くじ取らず」の曳山(ひきやま)の一つ。現在9基あり、鷹山が戻れば10基となる。鷹匠(たかじょう)、犬飼、樽負(たるおい)(食料係)の3体のご神体人形が乗る。鷹匠は平安貴族で歌人として知られる在原行平(818~93年)と見られ、光孝天皇の前で鷹狩りをする様子とされる。鷹山は焼失のたびに豪華になり、江戸時代には黒漆塗りに金箔(きんぱく)の屋根になっていた。
 しかし、1826年、巡行中の大雨で激しく傷み、さらに元治元(1864)年に長州藩と幕府軍が京都で戦火を交えた「蛤御門(はまぐりごもん)の変」の大火でほぼ焼失してしまう。現在は「休み山」と呼ばれ、参加を中断している。辛うじて頭や腕が残ったご神体は胴体や足、服を修復し、町内の京家で祇園祭の時期に飾る「居祭(いまつり)」を細々と続けてきた。
 同保存会は絵画や文献を参考に設計図を描き、鷹山の再建を模索してきた。作業の中で、高さは7・5メートルと大型だったことも分かった。再建には2億円ほどかかり、寄付など支援が広がったことで、当初の予定より早く巡行に復帰する見通しとなった。
 祇園祭の山鉾の復活は2014年の大船(おおふね)鉾以来。鷹山が戻れば計34基となる。保存会の山田純司理事長(63)がこう語る。
「寄付が足りたわけではないが、ずるずる引き延ばさずに期限を決めて退路を断って進めたい」
 今年の祭りは従来通りだが、来年は復帰の前段としてご神体の代わりに掛け軸を収めた木箱を担ぐ「唐櫃(からびつ)巡行」に参加する。
(粟野仁雄)

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