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がん患者が殺到する医院! がん制圧の法則/1 元京大医学部教授が提言

2018年5月 6日号

 ◇「なぜ私は"標準がん治療"に疑問を持ったか」

 東京大医学部と東西の「双璧」をなす京都大医学部の元教授が、あろうことか標準がん治療に公然と"異論"を唱えた―。がん治療の新たな方向性を模索している和田洋巳医師(75)が提言する集中連載。医学界に衝撃を与える前代未聞の告白録である。

「我々がやってきたがん治療は間違っていた――」
 元京都大医学部教授の和田洋巳医師(75)は、過去への懺悔(ざんげ)の念を込めつつ、虚心坦懐(たんかい)にこう振り返る。
 京大病院時代、呼吸器外科の医師として数多くの肺がん手術でメスを振るってきた和田医師は、同科の教授を退官後、標準がん治療(注1)の限界を乗り越えるべく京都に「からすま和田クリニック」を開設。果たせるかな、開設から7年が経過した同クリニックでは、辛(つら)い治療に苦しみながら死を待つしかなかった各種のがん患者の間から、標準治療ではおよそ考えられない劇的寛解例(注2)が続出しているという。
 標準がん治療のどこがどう間違っているのか。それに代わる新たな治療ストラテジー(戦略)とは何か。そして、具体的にどのような劇的寛解例が続出し、患者の体内でどのような変化が起きているのか。衝撃連載の第1回は「和田医師が標準がん治療に疑問を持つに至った理由」を中心に、自身も大腸がんの闘病経験を持つジャーナリストの森省歩氏がズバリ迫る。
      ※
――まずは若き日の和田先生が医師を志そうとした理由からおうかがいします。
和田 私は1963年に京大の医学部に入学しましたが、とりたてて立派な理由があったわけではありません。私は大阪の生まれですが、親が医者だったわけでもなく、あえて理由を挙げれば、「医者は他人に頭を下げなくてもいい職業だったから」です(笑)。そもそも、私は当初、昆虫の研究がしたくて、京大の農学部に入ったんですよ。
――それは初耳です。
和田 ところが、私が入学してすぐ、教えを請いたいと思っていた先生が退官してしまったんです。それで昆虫学の研究者になることを諦めたんですが、そうすると他人に頭を下げずに済む職業として残るのは弁護士か公認会計士か医者くらいしかない。ただ、口が達者ではないから弁護士はダメ、計算も嫌いだから公認会計士もダメということで、わずか半年で農学部を中途退学し、翌年の春、医学部に入り直したんです。やはり少し変わっているでしょ、私は(笑)。

 ◇「抗がん剤治療中の毒性死も...」

――そんなユニークな経歴をお持ちの和田先生が医学部卒業後に呼吸器外科を専門に選ばれた理由は?

和田 どうせやるなら「がん治療」とは思っていましたが、何を専門にするかはやはり消去法でした。今もそうですが、内科ではがんを治せないからダメ。さらに、脳外科は患者に麻痺(まひ)などが残って達成感がない、消化器外科は師事したいと思える教授がいない、ということで、結局、京大の胸部疾患研究所(注3)に入りました。当時の同研究所には「どんな研究をしてもいい」という自由な気風があり、その点も私の生来の性格にマッチするのではないかと思ったからです。
――その後、和田先生は呼吸器外科の助手、講師などを経て、トップの教授に就任されました。ところが、その間に手がけた数多くの手術を通じて、標準がん治療に根源的な疑問を抱くようになったそうですね。
和田 教授になってからは後進に対する指導が中心になりましたが、京大病院時代の延べ数でいえば、少なくとも2000例を超える肺がん手術をこの手で行っています。ところが、どんなに完璧と思える手術を実施しても、およそ4割の患者さんで必ず再発が出てくる。完全に病巣を取り除いたはずなのに、どうしてがんは治らず再発するのか。そんな疑念を常に抱えながら、目の前の手術に明け暮れていたわけです。
――その際、和田先生は再発を防ぐリンパ節郭清(かくせい)(注4)などの拡大手術も積極的に行っていましたか。
和田 いえ、京大の呼吸器外科は伝統的に進取の気性に富んだ診療科で、当時から「リンパ節郭清には意味がない」との方針で臨んでいました。私も臨床データから「リンパ節郭清を実施しても予後が改善されないか、患者さんの体力が落ちて予後はむしろ悪くなる」と感じていました。ただ、そのように体への侵襲性が低い手術を心がけても、約4割の患者さんで再発が起きてしまうのです。
――では、術後補助化学療法、つまり手術後の再発予防のための抗がん剤治療についてはどうでしたか。
和田 その点についても、京大呼吸器外科では患者さんの体になるべく負担をかけない方法、例えば静脈注射(点滴)ではなく経口摂取(飲み薬)による投与、しかも効き目のマイルドな抗がん剤を使用するなどの方法を心がけていました。ただ、それでも再発はほぼ同じように起こってくる。個人的には、手術に対してと同様、術後補助化学療法をしなくても再発しない患者さんがいる一方で、術後補助化学療法をしても再発する患者さんがいることに疑問を感じていました。
――しかし、他臓器や遠隔リンパ節に再発(転移)が見つかると、最終病期にあたるステージ4の治らないがん(注5)と見なされ、結局は、ほぼすべての患者が「延命」を名目とした過酷な抗がん剤治療に引きずり込まれていたのでは?
和田 その点についても、大きな疑問や矛盾、無力感を感じていました。ただ、かくいう私も、最初に転移が見つかった患者さんも含めた4期の患者さんに対しては、ほかに手立てがなく抗がん剤治療を行っていました。当然、抗がん剤には毒性がありますから、患者さんは辛い副作用に苦しみます。そして、使える抗がん剤が尽きれば、目前に迫った死を待つのみ。また、中には、抗がん剤治療中に毒性死したとしか思えない患者さんもいました。
――それでも標準治療以外に選択肢はなかったと?
和田 標準がん治療に対する疑問は退官が近づくにつれていよいよ大きくなっていきましたが、「ならばどうしたらいいのか」についての具体的な方法があるわけではなかったのです。振り返れば、患者さんに「あなたのがんは治りません」と残酷な宣告をした上で、「死ぬまで治療を続けましょう」と勧めていたようなものです。ただし、治癒がそれなりに期待できるがんを手術で取り除くことは別として、治癒がほぼ期待できないがんを抗がん剤や放射線で徹底的に叩(たた)くことについては、「もっと違う考え方によるアプローチの方法もあるのではないか」との思いを持っていたのもまた事実です。

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