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「もう一つのカメラ史」企画展でひとつ裏通りのカメラ群を堪能

2017年12月24日号

 いまやデジタルカメラといえば日本が世界標準。だが、20世紀は国内メーカーのフィルムカメラが世界を目指して試行錯誤する時代だった。東京・半蔵門の日本カメラ博物館では、そんなカメラを通常展示の倍、350台も見せる企画展「世界を制した日本のカメラ~もうひとつの日本カメラ史~」を開催中だ。
 戦後の米軍占領下では「メード・イン・オキュパイド・ジャパン」と刻印されたカメラが生産された。二眼レフやスプリングカメラが全盛で、AからZまでブランドがあると言われた。全部並べてみると、臆面もなく模造品を作る時代があったことを実感する。
 輸出の場でも、ドイツなどから「名前やデザインがパクリだ」と非難され、名機ニコンFでさえツァイスイコンからの抗議でドイツ市場ではニッコールFの名で売っていた時期がある。ペンタックスやキヤノン、トプコンは、米国のバイヤーとの力関係で一部は相手方ブランドに変更された。海外メーカーによる受託生産のいわゆる「OEM機」も並ぶ。
 一方、業界には「複合機や広角専用機は売れない」というジンクスがあって、ラジオや双眼鏡と合体したカメラなどの"失敗作"を眺めると、日本人の器用さとヤマッ気がうかがわれる。だが時は下り、「このジンクスを劇的に打ち破ったのがスマートフォンでしたね」と同館の市川泰憲運営委員は笑って解説する。
 1960年代からは日本の一眼レフが世界をリードするようになり、67年には日独のシェアが完全に逆転。その足取りを物語るカメラも多数展示されている。
 こうした流れを見ると、日本もカメラも若かったころは切磋琢磨(せっさたくま)だったのが、適者生存・弱肉強食となり、経済大国に至った日本の歩みが浮かんでくるようだ。ハイウエーとは違った、ひとつ裏通りのカメラ群はさまざまなことを想起させてくれる。
(南條廣介)

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