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2500人を看取った医師が明かす「人生最期の過ごし方」

2017年1月 1日号

淀川キリスト教病院2500人を看取った医師・柏木哲夫理事長が明かす

 平均寿命男性80・79歳、女性87・05歳。超高齢化社会の日本人は、どこでどう死を迎えるべきか。2500人以上の末期患者を看取った「ホスピス・緩和ケア」の第一人者、淀川キリスト教病院の柏木哲夫理事長(77)に「看取り」や「死の迎え方」を聞いた。
(聞き手 ジャーナリスト・粟野仁雄)

――ホスピスという言葉は30年ほど前の方が耳にしました。助かる見込みがない人は誰でも入れますか?
 中世のヨーロッパの修道院が疲れた旅人に宿を提供していたのが起源とされます。日本に初めてホスピスが紹介されたのは1977年、その先駆である英ロンドンのセント・クリストファー・ホスピスを訪問した開業医の見聞記が新聞報道された時でした。
 淀川キリスト教病院では、まだホスピスという名称を聞かない73年にホスピスプログラムを始めました。施設としては、81年の聖隷三方原病院(浜松市)が国内初です。84年に西日本初の病棟型ホスピスとしてスタートした当院は全国2番目になります。90年に診療報酬として緩和ケア病棟入院料が認められ、「全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会」が翌91年に発足しました。この時、全国5病院ほどで緩和ケア病棟入院料が決まった。今は370ほどある。
 ホスピスは、治癒の見込みがなく死が近い人のためのケアで、終末期医療とも呼ばれましたが、政府が考えた呼称が「緩和ケア」です。マイナス面もあって、肉体的苦痛の緩和という医学面が強調され、精神面を含めた「よい看取(みと)り」が二の次になりがちです。
 対象患者は時代とともに変わり、初期の頃はハンセン病、次が結核の末期患者。いずれもいい薬が出たため、現在はほとんどいません。そして今はがん患者が対象です。「助かる見込みがない」「老い先短い」というだけでホスピスには入れません。近年では、がん患者とエイズ患者に限定される。最近、エイズはほとんど聞かれず、圧倒的にがんですね。白血病もがんですが、化学療法や細胞移植などで治癒力も高まり、当ホスピスでの患者はここ20年ゼロです。中皮腫は増えるかもしれません。入院期間は全国平均で約ひと月ですが、当院はやや短い。
 対象者は世界的にもがんが多いが、米国では38%。慢性の肺の病気や、肝臓とか神経系の疾患もある。日本でがんが死因のトップになったのは81年。今は年間約37万人で、3人に1人の死因です。がんは患者さんの苦しい症状や精神的不安などに対応できるチームを作らないと支えられません。
――死に対して最も抵抗が強いのは50代とか。
 私たちの研究では、死を恐れ、最も抵抗するのは50代です。死への抵抗感で多く見られる「いら立ち」を指標に調べました。理由は二つある。働き盛りで会社などでも重要な立場にある点。もう一つは、子供がまだ独立していない場合が多い点です。つまり、やり残していることが多く死を受け入れにくいのです。逆に中学生や高校生は死への抵抗感が小さい。
 誰しも死を迎える時、別れを告げる必要のある相手がいます。中学生や高校生は友達や家族、肉親に限られる。逆に高齢者は家族、肉親と少しの知り合いに収斂(しゅうれん)される。50代は最も人間関係の広がりがある。これまでの研究では、人が死の概念を理解するのは8歳から9歳です。
――結婚記念日には夫婦でがんの話をすることを提唱しておられます。
 夫が定年退職して夫婦でゆっくり旅行でもしようか、と思った矢先にどちらかががんになった、などのケースがよくある。私は「矢先症候群」と名付けています。少し前、私たちの病院では患者さんの亡くなる平均年齢は63歳でしたが、今は70歳過ぎ。61歳で亡くなった大相撲の元横綱・千代の富士も「まだこれから」の矢先だったでしょう。
 結婚記念日には夫婦でがんの話をするなど、死をどこかで意識した方がいい。全然考えたことのない人が初めて死を身近に感じるような病気になるとうろたえるが、備えていれば慌てない。
 当院では火災訓練日に消防署と消火栓の位置確認や患者さんをどこから逃がすかなどの訓練をする。火災発生率は限りなくゼロに近くても実施します。作家サマセット・モームが「唯一確実な統計」と言ったように死の発生率は100%。備えるのは当然です。

 ◇後顧の憂いなくあの世へ送る

――95年の阪神・淡路大震災からは被災者支援もされてきました。

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