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戦時「泰緬鉄道」の"生き証人" 「謝罪と和解」巡礼の旅を追う

2016年9月11日号

 その昔、「クワイ河マーチ」で知られる「戦場にかける橋」(1957年)という評判になった映画があった。
 太平洋戦争の時代、日本軍がタイとビルマの国境を結ぶ泰緬(たいめん)鉄道の工事で、英国をはじめ連合軍の捕虜を過酷な労役に駆り出し、日本軍の収容所長と英軍の将校が対立しながらも川に橋をかける話だった。
 映画の公開後、悲惨な実態が少しずつ明るみに出てきた。「死の鉄道」と呼ばれ、連合軍捕虜6万人余のうち1万3000人、東南アジアの労働者数万人が犠牲になったという。
「クワイ河に虹をかけた男」は、戦時、日本軍のタイ側の拠点、カンチャナブリの陸軍憲兵隊の通訳として勤務していた永瀬隆の晩年の20年に及ぶ活動を追いつづけたドキュメンタリー。これを見れば、「死の鉄道」の全容がみえてくる。捕虜や労働者への虐待ぶりは、「生きて虜囚(りよしゆう)の辱(はずかしめ)を受けず」の日本軍の戦争観に根ざしていたと明らかにされる。
 永瀬は戦後、連合軍の墓地捜索隊に通訳として加わり、日本軍の非道の足跡を目撃することに。そこで日本政府がなおざりにした戦後処理を一人で始める。彼は現地に残る元労働者を探して支援したり、連合軍捕虜への謝罪と和解の行事を行ったり、平和基金を設けて貧しい看護学生に奨学金を与えたり。結婚してからは佳子夫人と2人で現地へ巡礼の旅を重ねる。その回数、なんと135回というから驚く。
 KSB瀬戸内海放送に勤める満田康弘監督は岡山県倉敷市在住の永瀬の活動を知って、折々巡礼の旅に同行。これまで多くのテレビ番組を作ってきた。映画は、それを一本にまとめた総集編といえる。
 映画には印象深いシーンが多い。その一つ、拷問を受けた捕虜が移送される際、永瀬から「元気を出して頑張れ」と一声かけられたことが励みになったと、「戦場にかける橋」で再会するシーン。
 いまだ戦後は終わっていない。
(木下昌明)

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