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「震災5年」被災地発の雑誌創刊

2016年3月20日号
 死者3547人、行方不明者428人(宮城県石巻市発表。1月末現在)。東日本大震災の被災地の中でも、最大の人的被害を受けた石巻市。
 その石巻で「歩く見る聞く」をテーマにした雑誌『石巻学』(石巻学プロジェクト発行・荒蝦夷発売 税別1500円)が、昨年末に創刊された。
 巻頭写真は「釜谷 祭りの日」。多くの子供の命が失われた大川小学校があった集落の正月行事を、震災前に記録したものだ。大勢が集まる風景は、もう失われてしまった。
 同誌は、石巻に関わるさまざまな人々の語りで構成されている。震災直後に壁新聞を発行した『石巻日日新聞』の社員。地域の歴史を掘り起こしてきた郷土史家。地元のサッカークラブで活躍する選手。
 当時、小学生の木村竣哉君が中学の卒業式で読んだ答辞に胸を打たれた。女川の21の浜で、津波が襲ってきた高さの地点に石碑を建てる「いのちの石碑プロジェクト」の中心メンバーだった彼は、「あんな時を生きた私たちだからこそ、できることがあります」と語る。
 他にも明治の漁業の歴史から復活した仙石(せんせき)線まで、豊富な話題が取り上げられている。
 同誌を企画した大島幹雄さんも石巻生まれ。サーカスなどの芸能史を研究するようになって、江戸時代に石巻から出帆した若宮丸が遭難の末、ロシアから世界一周して日本に帰国した事実を知った。
「石巻は河口の町で、海と深くつながってきました。船でやって来た"よそ者"を受け入れるコスモポリタンな風土だったから、震災後にボランティアなどで外から来た人たちともうまくやっていけたんじゃないかと思います」
 座談会で民俗学者の赤坂憲雄さんは、外に開かれた石巻の「色」を歴史から掘り起こし、若い世代に伝えていくことが必要だと語る。大島さんも、同誌をさまざまな動きを育む"場"にしたいと言う。
 過去に学び、今を考える。地域から生まれた同誌の今後に期待したい。
(南陀楼綾繁)

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