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グローバル化の波と「牡蠣工場」

2016年3月13日号
 自らの映画を「観察映画」とよぶ想田和弘監督は、第1作の「選挙」で自民党選挙の懐に入りこんで評判となった。第6作の「牡蠣工場(かきこうば)」では、カキの身をむく小さな作業場に入りこんだ。
 そこは岡山県の瀬戸内海に面した牛窓という風光明媚(めいび)な島々が望める古びた漁民の町。6軒の工場が隣り合うが、昔は15~20軒あった。若者が町から出て行って後継ぎがなく、過疎化したという。そこに想田夫婦が住みこんだ。
 トップシーンでは、朝まだき海に浮かぶ養殖イカダの牡蠣を船で港の岸壁に運び、そのままクレーンでトタン屋根の工場へ運び入れる。それを中年の漁師が一人でやってのける。映画の主人公ともいうべき人物で、工場の一つを取り仕切っている。宮城県出身の彼は、以前も牡蠣の養殖を家業にしていた。しかし、東日本大震災で全てを失い、家族とこの地にやってきたのだ。
 想田は、休みなく働くこの寡黙な漁師に寄り添って、牡蠣養殖の現実に光を当てていく。工場では主婦ら7人が並んで、ナイフ状の道具を使って巧みに貝をこじ開けていく。その手際の良さ。これが朝7時から午後4時まで続く。
 そんな日々の中で突然、対岸で「人が海に落ちている」と騒動が起き、想田も漁師と船で救助に向かうエピソードもでてくる。彼は興奮して、「決定的瞬間を撮りましたよ」と大声を上げ、皆を笑わせる。
 ある日、工場に2人の中国人青年が出稼ぎでやって来る。雇う方も雇われる方も言葉が通じず、身ぶり手ぶりで仕事を教え、教わっていく。実は、この一見瑣末(さまつ)にみえる光景こそ観察映画の本領なのだ。
 工場の日常を追うことで、グローバリゼーションにさらされたもう一つの日本社会も炙(あぶ)り出されてくる。見えなかったものが見えてくる―。
 想田は、この映画の撮影日誌のような『観察する男』(ミシマ社)という本も同時に出していて、こちらも興味深い。
(木下昌明)

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