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30年の「駅弁史」をたどる

2016年2月 7日号
 ♪汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり♪
 との歌い出しでおなじみの「鉄道唱歌」は、諸説あるが全400番近くあり、通して歌うと1時間半以上かかるという。この長大な歌の出発点にして、日本鉄道史の端緒・新橋駅が開業したのは明治5(1872)年の10月のことだ。
 しかし、所在地は現在と異なり、再開発された汐留エリアの銀座側の入り口付近だった。現在、その場所には当時の駅舎を忠実に再現した記念館が建ち、プラットホームの遺構を保存した小さな公園になっている。
 この旧新橋停車場は、鉄道歴史展示室として活用されており、さまざまな企画展が催されている。3月21日までは「駅弁むかし物語お弁当にお茶」と題した、ノスタルジックな旅情を掻(か)き立てる企画だ。「駅弁とお茶の歴史」「駅弁考古」「駅弁マナー」という三つの大テーマに沿って展示品が並ぶ。
 日本初の駅弁は明治18年(1885)年7月、栃木県の宇都宮駅で売り出されたというのが通説だ。展示はその模型から始まる。竹の皮に包まれたおにぎり2個に、沢庵(たくあん)が2切れ。この素朴な弁当が生まれて昨年で130周年。まさに節目の企画なのだ。
 フランスの風刺画家、ジョルジュ・ビゴーが日本を描いていた頃になると、経木折り詰めの駅弁を立ち売りし、土瓶のお茶も売られていたことがわかる。このように大正・昭和に続く駅弁の歴史が、パネルや模型、貴重な実物で綴(つづ)られる。折り詰め弁当の掛け紙は、全国的に見られる「鯛(たい)めし」のバリエーションを集めているのが面白い。
 駅弁考古では、竹の皮から経木、紙、プラスチックと移り変わる器と、お茶の容器のの変遷をたどる。とくに土瓶の多彩さが楽しく、40年ほど前まで使われていたポリ容器は、リアルに懐かしさを覚える読者も多いだろう。
 駅弁は旅の大きな楽しみ。鉄道マニアでなくても楽しめる。
(小出和明)

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