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青い空白い雲
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首里城は僕がやった?「噓っぱちSNS」充満の日本国

2019年11月24日号

牧太郎の青い空白い雲/743 

 涙とともに「首里城」が焼け落ちた。

 民芸運動の創始者・柳宗悦をして「日本のほぼすべての城下町を訪ねたが、美しさはここが一番!」と言わしめた(『琉球の人文』)「極美の城」が灰になってしまった。無念である。

 奄美・琉球では「城」を〈グスク〉と呼ぶ。集落の周辺を石垣で囲む。沖縄本島以南では、早くから〝野積みの石垣〟が使われ、その構築技術は天才的。首里城跡をはじめ、今帰仁(なきじん)城跡、座喜味(ざきみ)城跡、勝連(かつれん)城跡、中城(なかぐすく)城跡などが世界遺産に登録されている。

 野積みの石垣は隙間(すきま)がなく、美しい。

 この地で〈グスク〉は権力者の館であると同時に、信仰の聖地でもあり、琉球の人々の「生活」そのものだった。

    ×  ×  ×

 首里城跡には大学生時代(沖縄復帰以前)も含め、4回行った。

 3年ほど前に行った時、地元の人から「琉球の王様は君の故郷、東京都台東区に住んでいたんだよ」と教えられた。

 約140年前まで沖縄本島を中心とする南西諸島を統治した琉球王国の王家・第二尚氏の子孫が日本の首都に居住していた......。意外だった。

 もう一つ、印象的だったのは、那覇市の「ある市場」では、誰一人として「日本語」を話さない!という事実である。

 明治政府は1879年春、約600人の軍隊を琉球に派遣し、首里城に入城した。同4月4日、琉球藩は廃止され、第二尚王家による王統支配は終わた。しかし、人々の一部は「琉球処分」と呼ばれる「日本国支配」を今でも認めていないのかもしれない。

 沖縄戦で焼失した首里城の復元工事は1989年から30年にわたり行われ、今年1月にやっと完了した。2月以降、所有権は日本国のまま、運営を沖縄県に移管。県が指定した「沖縄美(ちゅ)ら島財団」が管理していた。

 そこで起こった「グスクの炎上」。沖縄の人にとって(不当にも日本国の支配下にある?)「祖国」が傷つけられた「思い」ではないのか。

 第二尚王家・23代当主に当たる尚衞(まもる)氏は10月31日「沖縄県民にとって精神の象徴とも言うべき首里城がこのような火災となり、深く心を痛めている。復興が早くかなうように全霊を込めて努力したい」とコメントしたが......「沖縄の思い」はいつも複雑だ。

    ×  ×  ×

 琉球王国→明治政府の支配→アメリカの占領→日本復帰......時代ごとに沖縄では「悲しい思い」が交錯する。だから、出火原因に関して、自然発火、電気火災、放火、たき火、イベントの道具、たばこの不始末......さまざまな臆測が流れ「韓国人か中国人が放火」「プロ市民の仕業」......といった「悪質なデマ」が拡散された。

〈陸自ヘリが消火活動に参加するためには沖縄県が災害派遣要請を行う必要がありますが、県防災危機管理課は要請を検討しなかったといいます〉と指摘する「もっともらしい意見」もあった。

 玉城デニー知事が「反日左翼で、自衛隊嫌い」だから出動要請を検討しなかった!というニュアンスである。

 しかし、これは〝誤解〟だろう。自衛隊の消火ヘリは山火事などの大規模火災に出動するもの。都市部の火災で自衛隊が出るケースはほとんどない。

「噓(うそ)っぱちSNS」が〝新しい対立〟を生んでいる。

    ×  ×  ×

〈沖縄の首里城を燃やしたのは僕です〉というタイトルの動画までYouTubeに登場した。

〈さきほどニュースが入ったと思うんですけど、沖縄の首里城が火災になったということで、それを実際にやってしまったのが僕ですね。本当に申し訳ないです。僕の不注意で。たばこを吸ったんですけど......〉

 もちろん「噓っぱち」。「再生数稼ぎ」である。

 YouTubeやTwitterなどでは、ユーザーの関心を集めるために「ウソ八百」を並べた〝炎上商法〟が流行(はや)っているらしい。

 新聞、テレビ(パブリックマスメディア)は自分たちの報道内容を検証する。裏を取る。報道内容に根拠のないことは流さない。

 でも、SNSは違う。今や〝主流〟になっているプライベートマスメディアSNSは、根拠のないことを平気で発信する。

 まあ、トランプ大統領も、安倍首相も「噓八百」だけど......今回の首里城火災は「プライベートマスメディアの悪」も教えてくれた。

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