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青い空白い雲
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貯蓄は美徳?消費が美徳?投資は「美徳のよろめき」

2019年7月14日号

牧太郎の青い空白い雲/725 

「美徳」という言葉に初めて出会ったのは中学1年の昭和32(1957)年ごろだった。その年、三島由紀夫の『美徳のよろめき』が30万部のベストセラー。結婚前の男友達と再会して"関係"を持ち、官能に目覚めたヒロインが妊娠・中絶を繰り返す。そんなストーリーだったような気がする。12歳の少年には刺激的すぎる物語だった。
 そんな"出会い"だったので「美徳」という言葉は「許されない出来事」と勘違いしてしまった。
 少しは勉強した大学時代、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの"説教"に出会った。「優秀さは訓練と習慣の賜物(たまもの)である。私たちは美徳と優秀さを持っているから正しく行動するのではない、むしろ正しく行動するから美徳と優秀さを持つ事ができるのである」
 難解ではあるが、アリストテレスの言葉通りなら「正しいこと→美徳→成功」ということになる。
「謙遜は美徳」という言葉を知ったのも、この頃。周囲と調和して、荒波を立てずに生きるのが「美徳」と知った。
    ×  ×  ×
 母は「貯蓄は美徳」と言っていた。「欲しいもの」を我慢して、おカネを貯(た)めることが「善」だと教えてくれた。 ところが就職した頃(1960年代後半)、世の中の価値観はちょっと変わった。「岩戸景気」を経験した日本人は「消費は美徳」と言うようになった。「生産性」が何よりも大事。消費は次なる「生産」に結びつく!だから「消費は美徳」?
 我慢することは「善」なのか?「悪」なのか? いまだに分からない。
    ×  ×  ×
 例の「老後2000万円不足」騒動のキッカケになった「金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書『高齢社会における資産形成・管理』」なるものを読んだら、余計分からなくなった。
 聞きなれない「資産寿命」という言葉が登場する。資産寿命とは「老後の生活を営むにあたって、築いてきた預貯金などの資産が尽きるまでの期間」のことらしい。長く生きるためには「資産寿命」を延ばさなければならない!と言うのだ。そのために投資しろ!と言うのだ。
 具体的には「現役期であれば、長期・積立・分散投資など少額でも資産形成の行動を!」「リタイア期前後であれば、長い人生を見据えた中長期的な資産運用の継続と計画的な取り崩しを!」......
 どうやら「投資が美徳」と言いたいのだろう? 一定の税制優遇がある積立投資「つみたてNISA」などを推奨している。
 この報告書を読んだ友人の一人は「投資が美徳? 何も投資していないと損をするのか?」と当方に聞く。
 彼は「美徳」という言葉を「得」という意味で使っているらしい。貯蓄が得か? 消費が得か? 投資が得か? ますます、分からなくなった。
    ×  ×  ×
 投資を奨励する金融庁が平気で「昨年3月末までに国内29の銀行で投資信託を購入した個人の46%が損を出した」と調査結果を公表している。半分が損をする? ますます、分からなくなる。
 後輩の経済記者に意見を求めたら「金融審議会の報告書は本来、金融事業者向けなんですよ。"下々の不安、弱みにつけ込むと儲(もう)かります"というメッセージ。騙(だま)されたらいけませんよ」と言われた。
 投資には「三つの余裕」が必要らしい。時間の余裕、資金の余裕、心の余裕―この三つの余裕がすべて満たせない人は投資に向かない。ということは、普通の人は投資で「大火傷(やけど)」する。
 それを知りながら「投資が美徳」とするのは、お上の陰謀だろう。輸出型の大企業を優遇するために金融緩和して円安を誘導する。その結果、金利は低くなっているが、その歪(ゆが)みが顕在化している。日銀は必死に株価買い支えているが......そこで「投資熱」を煽(あお)り、国民の手元にあるカネを株に換えさせ、株価を安定させたいのだ。
    ×  ×  ×
 多分、「投資は美徳」は嘘(うそ)だろう。あえて「美徳」という言葉を使うなら「投資は美徳のよろめき」と言うべきだ。
「蹌踉(よろ)めく」とは「足どりが確かでなく、よろよろする」こと。三島由紀夫が小説で書いた「美徳」とは「悪」と知りつつ誘惑に乗ること。
 ヒロインは不倫の喜びに「よろめき」、悲しい結末を迎える。
 小説はどうでもいい。「老後2000万円不足」の"現実"に慌てて「投資話」に騙されないよう、ご用心、ご用心!

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